ワケあり Extra
□ゆく春の…
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◇◇
どんなに時代が変わっても、日本という国は結構 四季折々の何やかやを大事にする土壌が廃れない…とはいうものの、ここだけは季節折々の風物とは無縁な場所のようであり。まだ、地元密着な所轄であれば、折々の行事にまつわる空き巣とか泥棒が出たり、そういう時期だから気をつけましょうねという啓発の行事を、地域の学校や町内会なんぞへ呼びかけたりと、そんな段取りもやって来ようが。都内一円という大きな括りの所轄にて、盆も正月も年度末もないペースと頻度で、引っ切りなしに起こり続ける凶悪犯罪を扱う、いわゆる“警視庁”という規模の管区ともなると。それらしい事件の発生を聞き、ああそうか、もうそんな時期なんだと教えられてる順番だったりもするそうで。
「…まあ、
花見客の起こす喧嘩沙汰までは、
応援要請にせよ手配申請にせよ、
さすがに上がって来ないのだがな。」
その花見へも今年はとうとう運べなかったらしい、スーツ姿の壮年殿が、一応は穏やかそうな苦笑をその彫の深いお顔へと浮かべて見せた。捜査一課の何係なのだか、そういや聞いてはなかったし。周囲のお仲間さんたちから送られる、態度や視線もまちまちなので。有能敏腕なんだか、実は鼻つまみの問題児なんだか、彼のホームグラウンドであるはずの此処でも、その本性はなかなかに掴み難いお人であったりし。
「取り調べ室には
行かないんですか?」
「何と言っても未成年なのだし、
容疑者ではないのは
明白なのでな。」
あくまでも“関係者”への事情聴取のようなもの…と言われて、それでと訪れた仰々しい建物だったが。通されたのはドラマなんぞで見るような殺風景な小部屋とかじゃなく、沢山のデスクが居並んでいるだだっ広い部屋の一角で。
『ほら。大きなテレビ局だの、
大企業の総務なんかが
こんな大部屋で仕事してない?』
『…。(うん)』
『テレビの取材とかで
見たことあるぞ。』
窓も大きくて明るいし、パーテーションとかで仕切ってたり、案外と最先端してて綺麗なんだねぇなんて。小さな額を寄せ合ってのこそこそと、自分たちだけでの私語を交わすお嬢さんたちは。金髪や赤毛という明るい髪色だけなら、今時にはそんなにも珍しくはない洒落ようだったが、それぞれの容姿風貌がまた、どの子を取っても個性的で愛らしく。しかもそんな彼女らを率いて来たのが、色んな意味から“あの”が付いて回る島田警部補とあって。そんなせいでか、人目が集まり倒しているのを何とか衝立にて遮蔽して。さてと構えての、あらためて勘兵衛殿が訊いたのは、
「何でまたお主らと来たら、
危ないことへ
率先して関わるかの。」
開口一番に苦言が出たのも、知らぬ仲じゃないからこそであり。色々と省かれての言い回しであった“それ”へと、
「あ、お説教なんだ。」
「事情聴取だって言ったくせに。」
「…、…。(そうだそうだ)」
お嬢さんたちも負けちゃあいない。職権乱用と言いたげに口許尖らせた3人娘だったけれど、
「正式な現場検証は、
向こうの取り調べを
一通り待たねば行えぬのでな。」
彼の言う“向こう”というのが悪事を働いた側であり、こちらの女子高生の皆様は、むしろお手柄立てた面々。だからこそ、彼女らにしても“お説教されるなんて筋違いだ”と憤懣丸出しに出来もするのではあろうが。だからと言って…そうそういつもいつも褒めてやるばっかでもいられないのが、そここそ身内ならではの感慨というやつであり。
「見て見ぬ振りが出来ぬというのは、
だが、決して
褒められたことばかりではないと、」
確か以前にも言ったよなと。少しばかり身を屈め、声を低めて言い放った警部補殿の言いようへは、
「…っ。」
勘兵衛の言へは、一を聞いたら十…どころか、二十くらいは判るし三十くらいなら楽勝で察することも出来るという、かつての“副官時代”からの相性が今でも物を言うらしい、さらさらした金髪の美少女が、まずは うっと言葉に詰まっての困惑の表情をして見せ、
「……。」
「ちょ、キュウゾウ。」
そんな彼女を庇うよに、細っこい体を斜めにして差し入れの割り込んで。彫の深い精悍なお顔を縁取るは 豊かな蓬髪に顎髭という、いかにもむさくるしい風体の警部補殿と睨み合う。こちらもふわりとエアリーな明るい金髪をその頭上へと冠し、すらりとしたスタイルも抜群ながら、たいそう寡黙な美少女が、
「一番最初に
手を出したのはオレだ。」
そんな風に言ってのけたものだから。
「ほほお。」
「違います、勘兵衛様。
相手を殴ったって意味なら
アタシが一番最初で…。」
「シチは 見かねて
割って入っただけで…。」
美しい少女二人が美しい庇い合いを(…にしては内容が相当物騒だったが)繰り広げていた横合いで、自分も割って入りたいのか、間を読んでいたらしき赤毛の少女へは、
「えっと、
林田さんて仰っしゃるのは
そちらのお嬢さんかしら?」
「え? あ、はい。」
横合いから声をかけて来たのは、優しそうな物腰の、内勤なのだろう事務服っぽい制服を着た婦警さんであり。
「犯人の仲間内と
揉み合いになったそうね。
掴まれた腕とか手とかに
怪我はない?」
「あ〜〜、えっとぉ。」
そんなくらいは へいちゃらと、顔の前にて手を振って“平気ですよぉ”と笑ったものの、
「だめだめ、
後でアザにでもなってたら
どうするの。」
一通り診せていただけますか?と促され。しかもそんなやりとりを、
「…ヘイさん?」
知らせを受けて飛んで来たらしい、大柄な許婚者殿が、聞いてしまってだろう唖然としているお顔と鉢合わせになってしまっては。いえホントに大丈夫ですからとの強情も、今更張り通せぬというもので。
「さあ、こちらへ。」
別にお部屋を用意されているらしく、裾が長いめのジャケットに重ねた、プリント花柄のワンピの軽やかな愛らしさと反し、どこか渋々という態度にて立ち上がったお嬢さん。出て行きがてら すぐ傍らを通りすがりに五郎兵衛さんの腕を取ったのは、心細いからというよりも…自分の口からの説明をしたかったからだろう。そんなこんなで、そのまま二人して廊下のほうへと姿を消してしまい。しかもしかも、
「先に手を出したのがお前だと?」
「…っ。」
微妙な時差つきで、そんなお声が浴びせられ。はっとしてお顔を上げた、未来の日本の舞踏界を背負って立つ…らしい、美貌のプリマドンナさんの視線の先におわしましたは、
「……ヒョーゴ。」
「ヒョーゴ、ではない。」
「榊せんせい。」
だから呼び方を咎めたんじゃなくてだな、と。まずはお約束なやり取りがあってから、
「そうか、
お前から手を出したのなら、
尚更に
叱らんといかんわけだなぁ。」
「〜〜〜。」