■小劇場 3

□寒夜の供寝
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寝室への扉が静かに開いた。
勘兵衛がもう寝入っているなら
お邪魔にならぬよにということか、
気配も薄めてのそろりと、
入って来たのが七郎次であり。
広々とした寝台の端に立ち、
一応は
自分の位置が空いているところを
見澄ますと、
羽織って来たカーディガンを脱いで、
そのままスルリと上掛けの下へ
もぐり込んで来る手並みの静かさよ。
寝台へ腰掛ける反動も、
掛け布をめくり上げる高さも、
最小限になるようにと
押さえているようであり。

 “…成程の。”

道理で、と。
こういう形で
後から寝に来た彼を、
なのに
それと気づかぬままの朝の
何と多いかへ、
今になって納得している
勘兵衛だったが。

 “……お。”

彼とともに、彼以外にも、
ふわりと布団の中へ送り込まれたものが、
あったことへと気づいたものだから。

 「……。」
 「……………? 勘兵衛様?」

あれあれ、
眠っておいででは
なかったのですか?
それともお邪魔をして
お起こししましたかと。
そんなこんなを問いたいような、
ごめんなさいとゆ、
含みのありありとするお声、
か細く絞り出した七郎次だったのへ。
……なのに聞こえぬ振りをして。
緩く揉み合い逃れようとする身を、
そうはさせるかと強い手が捕まえ、
二の腕や肩を掴み、
その先、
抱き込もうとするものだから、

 「ま、待って下さいまし。」

その掻い込みようが、
睦みに至ろうと
いうものじゃあないのは、
何となく判る。
こちらを掴んだ
手から伝わる力加減や、
のしかかろうとするのじゃあなく、
ただただ引き寄せようとする態度から、
何をしたい勘兵衛なのかは、
十分に伝わって来るので、

 “しようのないお人だなぁ。//////”

物の分別もつき盛りの
すっかりと落ち着いた
壮年であるくせに。
良い意味でも悪い意味でも、
普通一般の人より
遥かに多い蓄積もって、
その内面へ、
様々な錯綜のんだその末に、
この豊かな人性を築いたお人。
あんまり世渡り上手じゃあないが、
その代わり、
複雑な機微のいろいろ、
要領よく語ることなぞ
容易いお人なはずなのに。

 “私が相手だからという、
  一種のずぼらなんでしょうかねぇ。”

頑是ない子供の
駄々こねを思わすしゃにむさへ、

 「勘兵衛様、
  ちっとだけ…
  ちっとだけ手を
  緩めて下さいまし。」

逆らやしません、
だからお願いと。
細い声で囁いて差し上げ、
それでやっと緩んだ
強い手を右と左へ割り開き。
双腕の狭間へと、
彼の側からその身をすべり込ませての、
懐ろの奥底に深々と。
先程感じた甘やかな香りとそれから、
さらりとしたやさしい温みをまとった、
しなやか嫋やかな肢体が、
思うところへひたりと添うてくれ。

 「窮屈ではありませぬか?」
 「…いいや。」

ああそうそう、
寄り添い合うとはこれを言うのだと、
間近に来たりた金絲の質感、
薄暗がりの中に透かし見て、
微妙な悦を感じかけておれば、

  もしかせずとも、このところ、
  甘いものが祟ったか、
  少しほど太ってしまったのですよね。
  重いようなら言って下さいまし、
  敷いてしまって
  腕がしびれては大変ですし。

軽妙な物言いをしつつ、
くつくつと微笑った
恋女房だったものだから。

 「……。」
 「………え?」

先程、しばしゆるめてと
離してもらった大ぶりの手が、
するりともぐり込んだのが、
七郎次の側の懐ろへ。
おとがいの線を辿り、
細おもての顎先へまで到達すると、
そのまま ついと
顔を上げさせるまでの、
何とも手際のよろしいことで。

  そしてそして……

御主の深色の双眸に見据えられた、
青玻璃の瞳とその周縁が、

 「あ………。////////」

見る見るうち、朱を亳いたよに
ほんのりと染まったは、

 “本心本音は、
  微妙に
  恥ずかしいのであろうにな。”

自分の側から擦り寄るなぞと、
まだまだ えいやという
思い切りの要ることだろに。
照れ隠しからのお喋りと、
気づいておるよと、
これもまた無言のままでの
意思表示を差し向けたれば。
ほら、肩から力が抜けてゆき、

 “ますますのこと、
  収まりがよくなったではないか。”

あやして差し上げようなどと、
思うはまだまだ早いぞとの意趣返し。
微妙ににふしゅんとしぼんだ
その身を抱き直し、
今度こそはと寝相を決めて。


  好もしい匂いに
  くるまって温まっての、
  どうかぐっすりと、
  おやすみなさいませ……。





  〜Fine〜  10.01.09.


   
こちらさんも
いちゃいちゃの熱にて、
極寒なんてどこ吹く風な
ご両人であるらしいです。
年頭から、
好き勝手なお惚気話で
始めてしまって、
今年の方針も相変わらずと
決まったか?




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