■小劇場 3

□寒夜の供寝
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もはや日付も変わろうか
という頃合いだのに。
遅くなるとの連絡も入れた。
だから、先に休んでおれと、
それもまた“命じた”もので
あったはずだというに。
またもや言いつけを守らなんだなと、
勘兵衛が
その目許を眇めて見せるものの、

 「眠くなりませなんだのですよ。」

小首を傾げてはんなり微笑い、
御主の手から、
ブリーフケースやコートを預かると。
さあさ早く上がって
暖まって下さいましと。
煌々とという明かりは
却って疲れようからとの配慮だろ、
柔らかなフロアライトを
灯したリビングへ、
どうぞと誘(いざな)い、
着替えを促す。

 「お風呂はどうなさいます?」

暖まりますよとそれを訊いたのは、
車での帰宅で
体はさほど冷えちゃあなかろうが、
その代わりに
あちこちが固まってはないかと
案じたため。
コートやジャケットを脱いで
軽くなった身とはいえ、
明日も定時に出勤せねばならぬので、
ぐっすりと眠るに越したことはなく。

 「軽く浴びておこうか。」

勧められるままに風呂場へ向かえば、
脱衣場も浴室も、
蒸すほどではない暖められようの
空間として、
既に拵えられている
手回しのよさであり。
湯船でその身を伸び伸びと
寛がせたものの、
男の風呂だ、
さして時間もかからぬもので。
用意されてあった
冬物のパジャマへと着替え、
寝室への通り道、
ダイニングにあった気配へ
もう寝るからとの声をかければ、
はいと淑やかなお返事が一つ。
こうまで遅い帰宅となった晩は、
取るものもとりあえず
安眠熟睡を優先と、
わざわざ告げずとも語らずとも、
双方ともに重々心得あっている。
寝室までを
わざわざついて来ぬ女房なのも、
互いに勝手へ物慣れたればのことであり。
きっと自分はまだだった筈の、
風呂に入って火を落とし。
髪を整えつつ、
明日への支度を
いろいろと確認してから
寝に来る彼だと、
勘兵衛の方でも把握済み。
こちらもフットライトが
灯されてあった寝室は、
されど居間ほど暖かくはない。
上掛けをはがせば
シーツはひやりと冷たいが、
足元あたりには
湯たんぽがあるところは、

 “これは久蔵への
  手間のついでだろうな。”

何せ昨年の冬から
始まったものだから、と。
判りやすい手配りなのへ
苦笑をこぼしつつ、
だが、内心では
ありがたい思いつきよと
ありがたく思ってもいる壮年殿。
特に告げた覚えはないので、
七郎次も何とはなくの
把握どまりだろうけれど、
実は寒いのが苦手な勘兵衛であり。
年齢に見合わぬ
身ごなしの軽さ鋭さも、
もしかしたなら…
じっとしていると寒いから
なのかも知れぬ。(おいおい)
昔むかしの日本家屋がそうだったような、
漆喰や薄べり板のみといった
壁や床じゃああるまいにと、
判っちゃあいるが
それでも不思議と。
今宵のようにぐんと冷え込む晩は、
室内にいてもしんしんと、
身に迫るよな寒気は感じられ。
これは寝つくまでの間、
エアコンを点けたものか、
だがだが、
あまり温め過ぎては
頭がのぼせるからと、
そうと案じての、
七郎次のこの対処なのかも。
眠ってしまえば
寝床も暖まっての苦ではなくなる、
早く寝つくに限ると
寝相を探しての輾転反側するものの。
つま先が冷えて来るばかりで
一向に眠気がやって来ず。
ふうと吐息をついたその間合いへ、

  ―― かちゃり、と



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