■寵猫抄 2

□だってネコだもん♪
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    ◇◇◇


そんな師走に入ったとはいえ、
普通一般のお勤めに出る人や
学生さんが居るお家じゃあないせいか、
島田さんチは
特に日頃と変わったところは
見受けられず。
ああ、それでも、
リビングには
クリスマスツリーがお目見えしたし、
玄関ドアのノブには、
カーテンを束ねる房飾りの
タッセルを思わせる、
組み紐の輪っかを
取っ手へ引っかけるタイプの
オーナメントが提げられており。
金の縁取りをした緑のリボンの結び目へ、
ワンポイントにとくっつけられた、
ミニチュアの赤いリンゴという装いが、
洋館風な玄関先の佇まいと相俟って、
クリスマスを待つお宅らしい趣きを
ちらりと覗かせてはいる。
居間の一角に据えられた、
青々とした緑のモミの木には、
リンゴを見立てたものか
カラフルなグラスボールに、
金や銀のモールや、
星と天使のオーナメントが幾つも下がり。

 『最近じゃあ、電飾と金のモールと、
  あとは大きく結ばれた
  真っ赤なリボンだけで
  飾るってのも流行だとか。』

ポインセチアの代わりでしょうかねと、
七郎次が持ち出した話題へ。
何の、サンタだソリだと
小さな小物をたんと提げてちゃあ
キリがないと、
教えも知らぬズボラな奴が考えた
“デザインツリー”とやらに
過ぎなかろうなんて。
勘兵衛としては
感心出来ぬディスプレイだと
言いたいらしい、苦言をちらり。
そういや発光ダイオードが持て囃されて、
やたらと青いツリーが流行った年も、
冷たいばかりでどうも なんて、
いいお顔はしなかった御主を、
ついつい
思い出してしまった七郎次であり。

 “そういうところは成程、
  頑迷で恐持てのするせんせい、
  かもしれませんね。”

いまだに時折あちこちで耳にする、
作家・島田先生への評のうち、
文学関係者らしからぬ
精悍な風貌でおいでなの、
険しく見えなくもないお顔立ちだとし。
そんな印象だからと、
初見のお相手から
怖がられることも少なくはない
勘兵衛なのへ。
だがだが、
家人として彼を
よ〜く知っている七郎次としては、
そういう評を聞くたびに、
隠し切れない苦笑が絶えなくて堪らない。
確かにまま、頑迷なところはあるし、
物事への捉え方や考えようも
古風な方かも知れない彼だが。

  とはいえど

それがポーズを気取った
“外面(そとづら)”だ…とまでは
言わないものの、
日頃の勘兵衛には
さほどの気難しさを感じないからで。
たとえば例えば、

 「…独りか?」
 「おや。」

執筆中だった筈の勘兵衛が、
ひょいとリビングへ顔を出したので、
息抜きらしいなと
笑顔を向けた七郎次であり。
勘兵衛が掛けたお声のその通り、
暖かな陽射しが降りそそぐリビングには、
手近に置いていた茶器へと
手を伸ばす彼の姿しか見受けられず。

 「久蔵でしたら あそこですよ。」

茶櫃に収めてあった
勘兵衛の湯飲みをテーブルへと出しつつ、
空いたその手で指さして見せたのが
庭の方。
仔猫が外で遊ぶときも
必ず一緒の彼であるはずが、
何でまた今日は
内と外という距離を置いていたかと言えば、

 「………お。」

少し高い位置を指さした
七郎次が示した先というのが、
木蓮の樹の向こう、
それを足掛かりにしてなら
仔猫の久蔵でも登れる塀の上。
そこもまた
陽あたり抜群なブロック塀の上には、
白っぽいフリースの上下を着た坊やが、
ふわふかな金の綿毛を陽にけぶらせ、
小さなその身を丸めている後ろ姿と、
それから。
それへ寄り添う黒っぽい塊がおり。

 「また来ておるのか、あやつ。」
 「何ですよ、そんな言い方をして。」

キュウゾウくんと同じで、
久蔵のお友達じゃあありませんかと。
少々低く くぐもらせての、
ご不満そうな声になったのへと、
宥めるような言いようをする七郎次なのも
いつものこと。
隣り町の呉服屋さんで
飼われている身なのに、
時々わざわざ遠路はるばる来てくれる、
久蔵のお友達の真っ黒な黒猫さんは、
そのお名前を“兵庫さん”といい。
ひょんなご縁から、
ご主人ごと顔見知りになって以降、
時にはご飯よりも優先してまで、
久蔵が飛びつきにゆく
ご贔屓さんでもあって。
手入れのいい毛並みに、
すらりと引き締まったスタイルの良さ。
そして、滅多に愛想を振らない、
気位の高そうな態度が、
隙のない素振りと相俟ってのこと、
まるで貴籍のお人のようだと、
誉めそやされてもいる彼なのだが。

 “何て切っ掛けが
  あった訳でもないんですのにね。”

どういうものか その黒猫さん、
当家の家長である勘兵衛様からは、
微妙な不興をかっておいでであり。
多少つれないのは大人猫にはよくあること。
庭を荒らしたり
樹を引っ掻いたりするほど
行儀が悪い訳でもなし、
つんとしていて愛想がないのは、
最低限のそれとして
警戒心を見せているだけのことではと、
七郎次が抗弁するのさえ面白くないらしい。
たかが猫ではないかと、
それへの態度や感情としては、
些か大人げないという
自覚はあるらしいものの。
他所様にはそうと見えてるらしい、
ぽあぽあとしたキャラメル色の毛並みを、
くるんと小さく丸めた当家の仔猫が、
その懐ろに掻い込まれ、
くうすうとお昼寝している
微笑ましい構図も、
壮年殿にしてみれば
“ウチの愛娘に悪い虫が”的な
図にしか見えないようで。

 “といいますか。
  まだまだ幼い子供が
  親離れの切っ掛けを
  見つけつつあるようで、
  それを認めるのが
  おイヤなのでしょうよ。”

キュウゾウくんはまだまだ子供だが、
あちらさんはどう見ても、
猫の世界では十分に大人のようですし。
要らぬ知恵をつけられでもして、
猫としての成長が始まれば、
あの、自分らにだけ見えている
愛らしい姿も、
それに伴ってのこと
一気に育ってしまうかも?

  ―― それだけは許しません

この私に何の挨拶も断りもなく…と
いうことで、
気に入らないのであるならば。

“そこはやっぱり、
 愛し子についた
 悪い虫にしか見えなくとも、
 仕方がないのかなぁ。”

このごろでは
先んじて執り成すのも諦めて、
何にも言わぬようにしている
七郎次であるらしく。
微妙に眉間を顰めておわす御主の目の先、
すっかり葉が落ち、
見通しも良くなった
木蓮の梢の向こうでは。
通りすがりのお人には、
お手玉くらいの小さな毛玉にしか見えぬ、
小さな小さなメインクーンの仔猫。
お兄さん猫の背中へ小さな顎を乗っけて、
目許には糸を張っての、
そりゃあ安寧なお昼寝の真っ最中であり。
時折 大きめのお耳を
ぴくくっと震わせるのは、
何か夢でも見ているせいか。
冬とは名ばかり、
まだそれほどには
寒さも厳しくはないこと思わせる、
ほのぼのとした
風景だったのだけれども……。




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