■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 2


□月影 冴えて…
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      ◇


 いかにも強腰豪胆な不貞々々しさを放つ、挑発的・威圧的な態…ではなくの。むしろ至って静謐な存在だ。上背もあってのなかなかに鍛え上げられた肢体をし、壮年という年頃にしては精悍で、野趣あふれる剛の威勢もある。とはいえ、意気盛んにして屈強精悍なもののふの、勇壮な佇まい…とやらからは、もしかせずとも程遠く。砂防服だろうか、随分とくたびれた長羽織に揃いの内着。雑兵のそれを思わせる粗末な筒袴の足元からは、ごつりとしたくるぶしがあらわに覗いていたりもする。延ばし放題の蓬髪に、どこか昏い双眸。うらぶれた仙のような風体には、正直言って拍子抜けした者もいて。

 ……… ただ、

 そうでありながら、不思議と…荒ごとへと相対すその姿や所作には、妙に物慣れた匂いがし、

 「…。」

 すっかりと宵も更けた頃合いゆえに、辺りはしんとし闇深く。褪めた皓月の光にさらされて、年齢相応、いかめしい容貌へは隈取りのような陰影が色濃く刻まれており。重たげな手ですらりと抜き払われた大太刀が、その刃を青く濡らして姿を現せば。彼の気魄へも ひとかたならぬ厚さとそれから、紛れもない冴えが鋭く加わる。安定よくも地を踏みしめ、すっくと立っているその立ち姿には、並々ならぬ威容さえ感じられるほど。そんな彼を、島田勘兵衛、実物本人を前にして、

 「…くっ。」

 居並ぶ賊らが揃って息を飲む。手ごわい存在だというのは先刻承知。ほんの短い間に、どれほど名のある盗賊らが彼らに仕留められて来たことか。なればこそ手勢をかき集めての、しかも街道での夜討ちを構えた。仕留めればこの世界での立場は上がる。たかが生身の二人連れ、数で掛かりゃあ容易い仕儀と、舐めてかかっていたものが。

 ―― その強かさ、重厚にして圧巻。

 冷たい季節の、凍るような夜陰の中だから…ではなく。視覚からの印象だけで威圧され、背条が凍り、総身が震えるということが実際にあるのだと。そんな想いを今まさに味わっていよう無頼の者ら。たった一人の壮年を相手に、すっかりと萎縮して身動きが取れずにいる。十重二十重、厳重に取り囲んでの完全包囲。逃げ場はないし助けもないのは相手の方だってのに。

 「…。」

 鷹揚な所作にて巡らされた睥睨一つで、皆が皆、息を詰め。怖じ気に捕まり、背条が凍りそうになるのはどうしてだろか。あまり場数を踏んでいない者には、直接感じる覇気の重さが痛いほどだし。心得がある者はある者で、どこから打ち込み斬りつけても、あっさりと躱され、逆に跳ね飛ばされての斬られるだろう“先”が見える。これが真の練達の有り様というものかと、こんな修羅場にて思い知らされようとは、誰一人として思いも拠らなかったに違いなく。

 「チッ。」

 ついの舌打ちが出たのは、そうまで情けない自身への焦燥からか。これでは埒が明かぬと、さすがに思い切ったのだろう野盗の頭目。ふんと荒々しい息をつき、

 「何してやがるっ、一斉にかかれっ!」
 「お、おうっ!」
 「相手は痩せ浪人一人じゃねぇかっ!」
 「おうさっ!」

 口々にいがらっぽい胴間声を張り上げて、自分を奮い立たせるようにし、それぞれが得物を握り直して、地を蹴り、駆け出す。生身と機巧、入り混じっての陣容が、いかに寄せ集めの連中かを露にしてもおり。それでも、こちらを個々のばらばらに分断出来た手際は、なかなか大した運びであったが、

 “そこまでが限界であったのだろうか。”

 弧を描いての取り巻いていた相手へ、こうも一斉に、雪崩を打って掴みかからんとするとは、何とも芸のないことよと。こちらは依然、冷静なままにて状況を見て取れている壮年殿。勝機に酔ってか、それとも捨て鉢なのか。正気から少々焦点のぼけた表情になって、自分を目がけて殺到する連中を見据え、その実、誰へと照準を合わせることもなくいた勘兵衛だったが。

  ふっ、と。

 静かに眸を伏せて。正眼に構えた大太刀の切っ先へ、物慣れた呼吸で念を集めると。

  ―― 哈っ!

 刮目と同時、鋭い気合いを放った壮年殿のその身から、一体何がほとばしったやら。

 「うわっ!」
 「がっ!」
 「な…っ!?」

 躍りかかり襲い掛かった勢いがそのまま、いやさ、倍になって返って来たようなもの。何が何にという感触に当たった訳でもないというのに、やはり一斉に外へと弾き飛ばされた無頼の面々であり。愛刀を吹き飛ばされた者、その拍子に腕をよじられた者。機巧仕掛けの義手やそこへと仕込みの武器をへし折られた者もいて。鋼筒(ヤカン)や甲足軽(ミミズク)なぞは、堅い体が徒となり、脾腹や身が裂けてのもはや動けぬ者も出ての倒れ伏すばかり。こうまでの陣営を一気に薙ぎ払ったのは、命を張っての戦さを掻いくぐった“侍”が身につけし、超振動という、一種 念と気合いによる技の発動で。鋼を切り裂き、気合砲や光弾さえも跳ね返し、かつての大戦では戦艦の主砲さえ物ともしなかった奥義だが、

 「こ、こんな奴だったとは。」

 褐白金紅との異名を冠せられ、噂に名高い賞金稼ぎ。生身の躯で、しかも得物は刀を振るうのみという評判を甘く見て、これまでどれほどの賊らが返り討ちに遭って来たことか。それへとやっと納得した頃には もはや時遅く、

 「うがぁっ!」
 「ひぃい…っ!」

 大きに引けた腰を後ろへ突き出しての、みっともなさを露呈して。恐れ慄いての棒振りしか出来ぬまま、進み出て来る相手の、てきぱきとした動線に釣り込まれては右へ左へ、薙ぎ払われては飛ばされて。地べたへ叩き伏せられ、そのまま人事不省となればいい方。下手に抗っての刀を捨てないままな輩は、その悪あがきを固執と見なされ、斬って捨てられ土に還される。何せ彼らは役人ではないのだし、正義を掲げての天誅を構えている訳でもなし。だってのに、うかうかしておれば どこからだって、とんでもない連中から…私欲や功名目当てで斬りつけられかねない身でもある。斬り捨て御免で進まねば、その行く手に塞がる者は際限キリが無かろうて。

“難儀なことよの”

 望んで得た勇名や評判ではないけれど、野伏せり崩れを狩って来たのは事実。依頼された場合もあれば、今宵のようにかかる火の粉を振り払った結果という場合もあって。どっちにしたって生き残っての勝ち続けておればこそ、名も上がっての目立つ身となり、更なる噂がならず者らを惹きつけてしまう。悪循環もいいところだと、その胸中にて苦く微笑っての、

 「…さて。」



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