短篇小話 3


□つれない御方
2ページ/2ページ



 弩造成の現場を抜けて、本来の目的地へと足を進める槍使い殿。ちょっとばかり道草をしてしまったことになったけれど、だからと言って速足にはならずの、お散歩歩調を保っての歩みなのは、決して…心ここに在らずだからではないので、念のため。

 『優しくて男前の
  モモタロさんは判るんですが、
  キュウゾウ様は
  あんまり愛想もよくないですのにね。
  オラも何でだろって思って、
  怖くないのかって訊いたらば、
  姉様がたが言うには、
  冷たくてすげないところが
  カッコいいんですと。』

 コマチ殿としても理解あっての言いようではなかったらしく、受け売り丸出しという言いようをすれば、

 『あれだ。
  脇目も振らずの
  一本気っつうのは、
  熱血ぶりが鬱陶しいけんど。
  あのおさむれぇ様は、
  余裕で冷めてるところが
  都会的でカッコいんだと。』

 ちょっぴりお姉さんなオカラちゃんの言いようへ、ははぁさいですかと、しょっぱそうなお顔になって畏れ入ってしまったシチロージ。ちなみに、ゴロベエ殿は男衆に人気で、キクチヨは子供らに大人気。そして、

『ヘイハチさんは、
 おっ母様や婆様(ばさま)たちに
 人気です。』

『…はて?』

 シチロージからの視線を避けての、あらぬ方を向いた工兵さんに成り代わり。コマチが続けて言うことには、
『日頃のいつもは穏やかで優しくて。手先も器用で働き者で。そいで、いざって時には鬼でも斬るぞと言わんばかりの頼もしいお顔になるところが、いかにも理想の男衆なので。娘や孫の婿にぜひ来てほしいって皆して言ってます♪』
 そ、それはなかなか…首尾一貫したご意見ですなと。村の女性陣による我らへの寸評とやら、結構現実的なそれだったのへ“う〜ん”と小難しいお顔になっていたものの、

 「すげないお人と言ったら、
  もっと相応しいお人が
  おりますのにねぇ。」

 ふと、声に出しての呟いて。ねぇ?と。立ち止まったその場でちょいと頭上を見上げたおっ母様。丁度、鎮守の森へと続く木立に入りかかった辺りであり、
「習練場においでじゃなかったですね。哨戒してらしたんですか?」
 重ねてのお声を掛けれたれば。枝鳴りの音もないまま、数歩分の間合いを取った先へと降り立った影が一つ。真っ赤で長い尾鰭を優雅にひるがえして泳ぐという、闘魚という鑑賞魚みたいに。彼自身が刀のような、鋭い存在感を満たした痩躯を紅の上着でくるんだ、それはそれは身の軽い、お若いお侍。いつもは村人たちへ射弓を教えているのだけれど、こんな風に時々、そこから離れての姿を晦ますことがあるキュウゾウ殿は、だが。シチロージの姿を見ると、何処に居ようが必ずの向こうから寄って来てくれるので、母上に限っては彼を探すのにさしたる苦労はないらしい。それでとあまり急ぎ足にならずにもいた訳で、

「お弁当ですよ?」

 ひょいとお顔の傍らまで掲げて見せた竹の葉の包みに、
「…。」
 無言のまま素直に頷いた次男坊。食事どきには三度三度ちゃんとおいでなさいよと言い置いておいたのに。昼になっても詰め所になかなか来ないのでと、腰を上げての探しに来たおっ母様だったが、
「気配はあるのにいつまでも出て来てくださらないんですもの。何かしら怒っておいでかと思ったんですが。」
 そんな風に言うと、
「…。(否)」
 大きくかぶりを振っての“そうじゃない”というお返事を示す次男坊。大方、人がたくさん寄っている場所をばかり通って来たおっ母様だったので、その傍らへ降り立つ間合いをなかなか拾えなかったのだろう。人見知りをしてというより、

“そんなところでの神出鬼没を披露して、意味なく周囲を驚かせたくなくてのこと…でしょね。”

 最初の内はそんなところへまで気を配ることはなかった彼も、今ではなかなかの配慮を身につけており。
「…。」
 目線でいざなってのそのまま、すぐ傍らの木立の中へと先に分け入って。陽だまりの中に少しばかり開けたところまでを案内する辺りは、この土地の森や林への勝手はすべて網羅しておりますということを偲ばせもして。

“さすがですよね。”

 黙々と哨戒に飛び回り、その都度、頭の中へ彼なりの地図を構築していったらしく。元軍人であるのみならず、伊達に単独行好きの寡黙な彼ではないとの面目躍如というところかと。そして、そんな超然としている横顔を、お嬢さんがたからは“都会派のつれない御方”と把握されてもいるらしく。だが、
“キュウゾウ殿のは、ただ単に人慣れしてないだけですよね。”
 柔らかな下生えの上、並んで腰を下ろして。お膝を立てたことでスリットから覗いた膝頭へ、ちょいとぞんざいな恰好で片肘つきかけたものの。さあどうぞとおっ母様が包みを差し出せば、居住まいを正しての“忝ない”と素直に受け取り。揃え直しての整えたお膝に開いて、合掌の後 食べ始めるお行儀のよさよ。
「…おっと。」
 少し伸びていた髪が一房、口許へとかかりかけたのを、指先を伸ばしてそぉと払ってやり。すべらかな頬に添わせての避けて、形のいい白いお耳へとかけてやれば。その指の温もりへうっとりと双眸を細めたキュウゾウ殿、
「…。(忝ない)」
 小さく頷くようにしての優美な目礼を返してくれるのがまた、何とも稚(いとけな)くっての愛らしく。…いや、戦いっぷりは過ぎるほどに鋭利でワイルドだから問題はないのだが。

 “そうである基礎を作った
  十年前のこの子は、
  どれほど幼かったことだろか。”

 この若さであの大戦を前線にて経験し、生き残ってのいまだ 容赦のない斬撃を繰り出せる“剣豪”であり続ける彼は。本来ならば多くの時間をかけての鍛練や体験を積んだ上で習得し、その身へ練り込んでのものにするという真っ当な手順を踏んでいたのでは恐らくのきっと、即日の戦さには間に合わなかろうと見切ってのこと。自分の身に備わる知識や勘、感覚といった全てから、不要なものを片っ端から切り詰めて、自身を限りなく隙なくの鋭に尖らせて来たに違いなく。そんなして偏っていたところ、凍りついていたところへと。今になっての少しずつ、情というもので触れてやっての緩めて馴染ませている最中であり。いざ戦さに挑みし時に、もしやしてそれが彼を躊躇させでもしたならば。余計なことをしてくれたと、叱られるかもしれないかしらと。この子の行く末を思うとき、それが唯一、胸の奥に歯痒く疼くシチロージではあるのだけれど。
「?」
 感慨深げなお顔になった母上に気づいてだろう、食事の手を止めるとひょこり小首を傾げる次男坊へ、
「何でもありませんよ。」
 ゆるゆるとかぶりを振って見せてから、ふわふかな金髪に覆われた頭を、腕を伸ばして引き寄せての胸元へと掻い込んでやり。
「…。////////」
 そうされると嬉しいらしくて、収まりがいいようにと身じろぎをする擽ったい感触もまた、シチロージにはただただ柔らかくての愛惜しいばかり。

 “つれないと言やあ、
  カンベエ様の方がずんと上だ。”

 人の才を鋭く見抜くことで、素晴らしい人物ばかりをたらし込む天才のくせに。ご自身もまた練達であるとの自覚がないから始末に負えない。欲した人物が手中に落ちれば、説得が叶っての“当人の意志から納得して従ってくれたのだ”とにっこり笑って干渉は終しまい。相手は大概、壮年殿の人性へと惚れてのついて来たのだろうに、さあ思う存分その手腕を発揮して下さいなと勝手に放り出してしまうつれなさが、場合によっては何とも罪作りな所業でしかなくて。

 “あれも一種の
  “天然”なんでしょうかねぇ。”

 若くして前線部隊の司令官付きの副官なんてな苛酷な座へと、抜擢されての酷使されてた自分といい。今のところは絶対優勢かも知れぬ、敵方のあきんど側にいたものを、まんまと引き抜かれたこの双刀使い殿といい。
“ゴロさんから聞いた話によれば、お初の立ち会いの場で惚れたの欲しいのなんていう熱烈なアプローチを受けてたっていうじゃないですか。”
 まさかにそれらを直球で解釈した訳じゃあないにせよ。自分の心の琴線に触れての、看過出来ない音色をかき鳴らした当の存在、他でもない深色の眸をした壮年殿に惹かれてこその、恭順や固執だというのにね。放任主義と言われりゃそれまで、技量を買われてのことと解釈し、せいぜい精励することでこっちを向いてくれるのを待つしかなくて。
“ああでも、それはアタシのいた立場の場合の解釈ですよね。”
 この、赤い眸をした剣豪殿は、果たしてどうするのでしょうか。先約の戦さを終えてののち、せっかく永らえた命を…あらためての手合わせとやらで危機に晒すおつもりか。それを待っての精励であるというのなら、シチロージには口出しする権限もない訳で。

  “…なんて罪作りな
   お方でしょうね。”

 この愛らしくもまろやかな温みを失うのは勘弁と思いつつ、でもでも、彼ら二人が真っ向から相対すのを見ることになるのも堪らない。またもやあのお人の魔性に取り込まれての、切々と悩まされている自分であるとの自覚もあらたに。困ったことだとそぉっとついた溜息は、胸の奥底へと静かに沈んでの秘やかに。玻璃のトゲ持つ気鬱となりて、のちのお目見えとなるやも知れず。そんなこんなへと気を取られかかったそんな間合いへ、

 ― シチ。
   はい? 何ですか?

 視線を下ろせば、懐ろから見上げて来ていた紅宝珠のような双眸が動揺に瞬く。よほどに繊細微妙な想いであるものか。言葉に出来ない何物か、込み上げたのに伝えられないことへ、小さな子供のように自分へ焦れての眉を下げて見せる次男坊だと気がついて。よしよしと髪を梳いてやりながら、

 ― 焦るこたありませんて。

 こそりと囁き、
「???」
 キョトンとしたキュウゾウ殿へ、シチロージは重ねて囁く。
「お話をする機会なんざ、いくらでも作れますよ。」
 それこそ、この戦さが…カンベエ様のお仕事とやらが片付いてからなら いっくらでも、と甘やかに微笑んだおっ母様だったけれど。
「…。(頷)」
 そんなお言葉へとうっとり目許を細めつつ、それは素直に頷いて。ぽそり、母上の懐ろへと凭れ直した次男坊が。どうやったらおっ母様を嫁に出来るのかへ悩んでいようとは、神の身ならぬシチロージには…さすがに把握の範疇外だったようである。(苦笑)





  〜どっとはらい〜

  07.6.15.〜6.16.





周囲からの秋波も何のその、
次男坊の夢は“おっ母様を嫁にもらうこと”と定まりつつあるようで。
…これだけは早い目に訊いといた方がいいと思うぞ、シチロージ殿。(苦笑)


前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ