■小劇場 3

□たとえばこんな非日常
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 ドラマや映画じゃあるまいにと、目の先で起きた現実であることすら信じられないような。

  ―それはあまりに
   信じがたい急襲の図であり。

 一般のご家庭ではまず、我が身に降りかかってくるものとしての想定なんて、しているはずのない出来事だろう。こちらの、一風変わったご事情を抱えたご一家にしても、この地で送る日々の生活には、そんなものへの関わりなんて欠片だって匂わせちゃあいない。世代ごとの魅惑をきっちりとおさえた、それぞれにそりゃあ風情ある男ぶりをした老若三人。彼らのみという男ばかりの所帯にしちゃあ いっそ珍しいほど、ご近所付き合いも欠かさないお宅で。ご町内でも、奇矯どころか、風通しのいい人懐っこいご家族として広く知られているくらい。特に、

 「…おや、お帰りなさい。」

 今月は三年生の受験もあってのことか、直接には関係のない下級生であれ、短縮授業が続くらしい高校生の次男坊。部活もないのか、お昼には超特急で戻ってくる日常を送っているがため、冬休みが終わっても、三連休が明けても、何だか依然として休暇中のような錯覚を招く在宅ぶりだったのだが。それは…彼に限っては、特に変わった運びじゃあない。

 「……。////////」

 買い食いもせずのただただ一途なまっしぐらにて、自宅までを帰って来る久蔵殿へ。お腹が空いたでしょうにと、鍋焼きうどんやあんかけ焼きそば、きちんきちんと暖かいお昼を用意して待つのが、色白金髪の、嫋やかな美貌をたたえたおっ母様こと、七郎次さんという美丈夫で。
年齢不詳の若々しくも柔軟な肢体をした青年であり、結構な上背もあって、動作も機敏。力仕事への呼び出しにも軽やかなフットワークで応じてくださる、立派に頼もしい男衆ながら。きりりと冴えて凛々しいというより、甘く嫋やかな印象の方が勝(まさ)るのは、その風貌の優しい拵(こしら)えのせいだろう。透き通るよな白い肌に青い双眸と来て、おおお外人さんかと、ついつい畏まりかかるのを、引き留め緩ませるのが、それは優しい物腰の数々で。
家事担当だからか、そりゃあよく気がつく繊細なお人であり、日頃からも笑顔を絶やさぬ、人当たりのいい人性をしておいで。商店街では奥様方のよもやま話へも余裕で加わっている、見様によっちゃあ随分と変わりダネなお人ではあるけれど。目立つことを嫌ってか、あんまり自分のことは語らぬままであり。そういや…お誕生日とか知らないまんまよねぇなんて、言われてもいて。さりげなく人を上手に煙に撒くところなぞ、実は侮れないお人なのかも。
そんなお兄さんへの、久蔵さんの傾倒ぶりは、日々のあれこれを間近に見る機会の多い、お隣りさんの五郎兵衛さんや平八さんでなくたって、ご町内でも商店街でも知らない人はないくらい、これまた広く知れ渡っているほどの代物で。
口数少なく恥ずかしがり屋やさんな高校生の弟さんは、されど、お兄さんの買い物には出来得る限りをついて来るし、この頃では 上着やバッグなどなども、七郎次さんと同じデザインの色違いや、若しくは似たような印象のするものをと、出来るだけ揃えて悦に入ってる、可愛らしい“お揃いマニア”なんだとか。
今日も、帰って来るなり、おっ母様の羽織っていたカシミアのカーディガンの色を見てから、微妙に似たような淡緋色のをと、引っ張り出して羽織って見せて。

 「あらまあ、
  そんなのお持ちでしたっけ。」

 青玻璃の目許たわませて、色白なおっ母様がひとしきり笑われたのが、冬の陽に淡く馴染んでそれは優しげ。揚げおこわに八宝菜風の野菜たっぷりあんかけを乗っけた、ほかほかのお昼をいただいて、

 「……。」
 「お外が寒かった
  反動でしょうかね。」

 真白な手の甲で、うにむにと目許を擦って見せるのを。体が温まってのこと、眠くなったのだろかしらねと。洗い物を済ませたそのまま、リビングのソファーに座した久蔵の、すぐのお隣りへと腰掛ける。幼子のような所作を、微笑ましいことよと見やったそのまま。陽を透かして なおやわらかな、金の綿毛髪を梳くように撫でてやっていた七郎次だったが、

 「…あれ?」

 視野の隅…と呼ぶには、かなりの後背を掠めた何かしら。横手に位置する窓の外、庭の隅のほうでひらんと舞った存在を、素早く察知してしまったところは。どう隠してもどう伏せても、その冴えがついお顔を覗かせる、感応の力の鋭さゆえか。何だろうと立ち上がりかかった傍らの温みを、

 「…っ。」

 指先の僅かに冷たい白い手が、ぐいと力込めて引き留める。今だけは独占出来るやさしい存在、どこへも遣るものかとでも思ったか。え?と見返す眼差しへ、小さくゆるゆるとかぶりを振ると、そのまま自分がと立ち上がる彼であり。
きれいに磨かれた掃き出し窓に歩み寄り、サッシを かららと横に引き開ければ。外はまだまだ厳寒ゆるまずのままなのか、氷のような鋭さ保ったまんまの冷気のその切っ先が、数歩分は離れているはずのソファーの間近へまで届いたほど。
スムースジャージ風のハイカラーシャツの上、部屋着に過ぎないカーディガンしか羽織らぬ身では、長居をするとすぐさま風邪を拾うんじゃないかと。そんな杞憂を抱いてのこと、確かめたなら早く戻れと、思う心が届けとばかり、庭履きのサンダルを突っかけた久蔵の、すんなりとした背中を視線で追った七郎次だったが。


  ――え?





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