■寵猫抄 2

□お炬燵(コタ)、ぬくぬくvv
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 もったりとサラサラの丁度狭間の、具合のいいとろとろ。そんな粘度に溶いた小麦粉の衣(ころも)ダネに、とぽりとひたしたは、まずはのレンコン。具材が露をまとっているようならば、小麦粉をハケで撫でつけておくと良いんですよなんて話をしつつ。輪切りのレンコンを太めの菜箸で器用に泳がせ、ひょいと引き上げると。ポタポタ落ちる余分なタネをボウルの中に切ってから、さりげないようで、でも、溶き粉をひとしずくたりとも落とさぬ上手な呼吸で。既に十分な温度になっていた天ぷら鍋へ、そりゃあなめらかに投下。すると、しゅわっという生きのいい鋭い音がし、そのまま、囁きのような しゅわしゅわしゅわが、いつまでも長々と続く。

 「……っ、!」

 流れるような手際に見とれていた間は、それを真似るかのようにゆるやかに揺れていたお尻尾が。揚げ油へのタネの投下のしゅわっという音へは、いかにもビックリしましたと語るよに、硬直しかけての びくくっと跳ね上がり。柔らかそうな金髪の頭に乗っけたお耳までもが、ぴくぴくっと大きく震えたのが…判りやすいやら愛らしいやら。


 ― ? 揚げ餅って何だ?


 新年のご挨拶とそれから。七草粥に使って下さいと、カンナ村の春の七草をわざわざおすそ分けにと、お土産にお持ち下さった小さなお客様。大みそかから年明けの数日ほどは留守にしますのでという、こちらの予定は前以て伝えておいたのだけれども。それでも…居ないと判っていても、1日置きくらいには様子見に来てくれてたらしきキュウゾウくんで。

 『何で判るのか、と訊くか?
  それはな、
  儂が千里眼の持ち主だからだ。』

 『うわあっ!
  勘兵衛、すごいっ!』
 『にゃっ、にゃにゃにゃっ!』

 凄い凄いと真っ赤なお眸々を見開いて驚いた、カンナ村のキュウゾウくんの驚きっぷりへ。当家の坊やもご一緒に、よく判らぬ身だろうに、小さなお口をぱくぱくさせている。そんな二人を目許たわめて見守っていたもう一人の大人様、

 『信じちゃいけません。
  勘兵衛様のホラですよ。』

 どうぞお上がりなさいと、リビングの大きな掃き出し窓のすぐ傍らへ、お膝をついてという丁寧さで迎えてくれた七郎次が。素直に驚く小さな和子らへ、執り成すようにそうと告げ。

 『庭先には留守中に
  小雨が降ったらしい跡があったのに、
  祠にお供えしたお餅は
  濡れていなかったから。
  ああこれは、
  降った後に誰かが来て、
  濡れていたのを
  丁寧に拭ってくれたんだろって。』

 そんなこんなを昨夜私らへと話してくれたんですもの、ちゃんと、こうなってたから こうっていう筋道立てて推量したくせに。神憑りな“千里眼”はないでしょうよと、やや斜(ハス)に構えた眼差しつきで、あっさりとすっぱ抜いた七郎次だったのへ。そうとツッ込まれることもまた織り込み済みか、勘兵衛の方でもまた、“ふふ”とやわらかく微笑って見せるものだから。

 『……なぁんだ。』
 『にゃぁ〜にゃ。』

 からかわれたんだと、ちょっぴり むうとしながらも、目許を眇めたのも いっとき。自分のすぐお隣りで、同じようなお顔をしようとし、頬をぷっくりと膨らませた小さな久蔵なのへと気がつくと、

 “わわ♪”

 何だろなんだろ、ああそうだ。シチが囲炉裏で焼いてくれたお餅みたいvv なんて可愛らしい“怒ったぞ”の真似っこかと、キュウゾウくんのお胸が きゅううんっと暖かくなり。小さな小さな“むむう”なんて、あっと言う間にどっかいったほど。上がらせていただいたリビングには、昼間っからうずたかく積まれた布団があって。陽あたりのいい内に干してるのかなと小首を傾げたキュウゾウくんは、そういえば…囲炉裏のあるお家に住まわっているそうだから、

 “ああ、そかそか。”

 今度はそちらへの“はてな?”へ、先んじて合点がいった七郎次。純和風の暮らしをなさっておいでだからと言って、和風の風物への知識や把握が何でも一緒とは限らない。

 『これはね、炬燵っていうんですよ?』
 『こたつ?』

 ええ、やぐら炬燵といって、机や卓の中に暖かい工夫があって、それで暖めた空気を逃がさぬようにと綿入れを掛けてある。

 『傍に座って、
  そのまま足を延ばしがてら
  突っ込んでご覧なさい。』
 『うっと………あっ。』

 言われた通りに座ってみた坊や、外にいた冷えがじわりという温みにくるまれたのへ、そりゃあ素直に わあと驚いてみせ。

 『面白いなぁ〜。』

 囲炉裏がないお家にはこういうのがあるんだ、凄い凄いと。やっぱり素直に感心して見せるところが何とも愛らしい、キュウゾウ坊やの傍ら目指して、

 『にゃっ、にゃぁにゃvv』

 お茶の支度を運んで来た七郎次の足元、微妙によたよた、自分の手元を懸命に見据えつつ、やって来たのがこちらの久蔵。日頃の最近では、ちょろちょろっという軽快な身動きを何とかこなせるようにもなってた仔猫のはずが。今は、何とも慎重な足取りをしているのでと。

 『? 久蔵?』

 どうしたの?と身を延ばして見やってやれば、

 『みゃあみゅ。』

 胸の前へと大切そうに掲げた小さな皿には、黄粉(きなこ)をまぶした小ぶりの餅が乗っており。焼いたようでもなし、そうかと言って煮たようにしっとりと濡れてもなし。香ばしいいい匂いはするのだけれど、どういう火の通しようをしたものかが、一見しただけでは判らなかったキュウゾウくんで……。


  『? 揚げ餅って何だ?』


 カンナ村に食用油がない訳じゃあない。ただ、近隣に作っている土地がないせいで、なかなか手に入りにくい希少なものであり。食生活上、絶対にどうしても要るという加熱法でもなしということで、まだまだ子供なキュウゾウくん、お料理担当のシチロージさんのお手伝いもこなす方だのに、揚げるという調理法にはまだ接したことがなかったらしい。かりかりサクサク、小気味よく歯の立つ食感を、面白いし美味しいと評した坊やへ、

  ― それじゃあ、
    お餅のお礼は
    揚げ物としましょう、と。

 軽やかな物腰にてキッチンへと立って行った七郎次であり。

 『???』

 何が何やら判らぬまんま、それでも…にっこりと微笑った七郎次のお顔は、お家で自分へと微笑いかける、シチのお顔と瓜二つだったものだから。

 『お、俺、手伝ってくる。////////』

 これも刷り込みというものか、キュウゾウくんもその後へと続く。どうしてもと言い張るものだからと託されたのが、根野菜の皮をビューラーで剥くの。珍しい刃物での作業に挑戦しておれば。先に準備の整ったものからと、揚げにかかった七郎次だったのが、冒頭のしゅわしゅわしゅわの正体で。

  ………あああ、
     なんて長い
     前振りだったやら。(苦笑)





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