■小劇場 2

□本命? 天然 100%vv
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 関東以北を大きな渦巻きに巻き込んで、爆弾低気圧が大暴れしている最中であれ、日めくりカレンダーはペラリとめくられ、年間売り上げの大半を、この日、このイベントで一気に売りさばくという“チョコレートの日”がやって来る。時期が時期なだけに“受験頑張ってチョコ”になったり、はたまた“先輩卒業おめでとうチョコ”になったりもするけれど。最近では自分が食べたいからという“MYチョコ”とか、女友達同士で贈り合う“友チョコ”なんてなものや、果ては、お世話になってる上司の方へ、義理よりちょっぴりランクは上の“世話チョコ”なんてのもあるそうで。亜流のあれこれは元は自然発生したものだろけれど、わざわざ取り上げてメディアに乗っけたのは製菓会社に違いない…と思うのは、ちょっと邪推のし過ぎでしょうか?

 「カカオ風味のフィナンシェに、
  チョコクリームを挟んでみました♪」

 じゃじゃ〜んっという効果音が聞こえて来そうなほどの笑顔でもって。小じゃれた小箱にレース仕様の紙ナプキンでふわりとくるんだ褐色の焼き菓子を幾つか並べたの、どーだとこちらのお顔の間近まで、突きつけるようにして見せつけて下さったのは。こちらの島田さんチの家事一切を、そりゃあ手際良く担っておいでの青年主夫、七郎次という美丈夫さんで。

「おやまあ、これってもしかして。」
「はい、アタシが作ったんですようvv」

 これはヘイさんの分。そうと言って、だが、手元へ引っ込めると。用意してあった蓋をし、テーブルの上へ広げていた可愛らしい包装紙で包み始めた彼なので、

「ああ、いいですよう、
 そんなしなくとも。」
「何でですよ。
 贈り物なんだから、
 やっぱり包まないと。」

 けじめはつけないとねぇなんてお言いようを持って来る彼だが、

 「…だったら
  先に中身見せたのって
  順番がおかしくないですか?」

 「だって。出来を見たお顔、
  どうしても見たいじゃないですか。」

 でもでも、持って帰ってお家で開けられちゃっちゃあ、その瞬間には立ち会えないでしょう?と。ほ〜ら、理屈としちゃあ 訝(おか)しかないと言いたげな七郎次だが、

 「? そういうもんですか?」

 つか、やっぱり何だか理屈が変だと思うのですがと、煙に撒かれた振りをする平八なのもいつものことで。単なる留守番、若しくは家事手伝いに留まらず、家計のやり繰りから冠婚葬祭や歳事への準備、市民・都民としての義務的な届け出のあれこれ、ご近所付き合いからお庭の手入れに至るまで。こちら様のお家の管理に関わる全てのことを、家長の勘兵衛様から預かっている、しっかり者の七郎次お兄さんなのだが。それで相殺されているものか、たま〜にどこか天然な物言いをすることがあるのもまた、今に始まったことじゃあなかったりし。結構付き合いが長くなって来た平八としては、そういうところもまた彼の持ち味だろうよと把握しており。ズッコケさせられても何のその、わざわざ正してやろうとまでは思っていない。鼻歌混じりの手慣れた様子で、そりゃあ丁寧に贈答用のラッピングとやら、仕上げてしまった七郎次から、どーぞとあらためて進呈されたチョコ菓子を、ありがとございますと受け取って。とはいえ、

「困ったなぁ、
 私は持ち合わせて来なかった。」

 恐縮そうな顔になった平八、指の先にてほりほりと頬を掻く。今日がそういう日なのは知っていたし、通園バスの定期点検に出向いた保育園では、保育士のお姉様たちや園児の皆様から、心づくしのチョコもいただいた。でもまさか、お隣りのお兄さんからも貰おうとは思ってもみなかった…のは、七郎次の側でも重々承知しておいで。

「何 言ってますか。」

 くすすと微笑い、
「こちらこそ、実は久蔵殿や勘兵衛様へと作った残りで申し訳ない。」
 調子に乗って作り過ぎましてねと、自分はソファーへ腰掛けないで、床のラグへと座ってたその手元、ローテーブルの下から引っ張り出したのが。さっき見せられたフィナンシェの天こ盛りになってるお山だったりし。

「あ〜〜〜。」

 な〜んだ、それなら恐縮するんじゃなかったなぁ。あっはっは、すいませんてばvv 朗らかに笑った七郎次から、ささどうぞと勧められ、ふかふかな焼き菓子に手を伸ばした平八殿。表面はさらりふかふかだが、ぱくりと頬張ると中はしっとり、柔らかなスポンジ生地になっており、

「美味しいですvv
 シチさんは本当に
 お料理がお上手ですよね。」
「ありがとうございますvv」

 でもね、お菓子を焼いたなんてのは初めてなんですよね。それでつい、調子に乗ってしまってと、自分でも納得の行く出来だったらしいチョコ風味のそれを、しみじみと味わう彼であり、

 「何せ、勘兵衛様は
  甘いものが苦手ですからね。」

 となると、自分しか食べないものを、わざわざ買ったり作ったりするのも何だか気が引けて、と。よほどの機会でもない限り、口にしない時期が結構長かったなぁと苦笑をし。
「でもね、久蔵殿が甘いものがお好きなものだから。」
 彼の住んでいた元の実家を訪のう時は、手土産にと必ずケーキを買って行ったし。夏休みは、向こう様からの求めもあってのこと、少しだけ長く滞在したので。子供たちへと供されるお団子やら生菓子やら、一緒に堪能させてもらって、

「そうして、
 今では一緒に
 暮らしているじゃありませんかvv」
「ははあ。シチさんにしてみれば、
 甘いものを口にする大義名分が
 やって来たよなもんだってワケですね。」

 別段、勘兵衛にしてみても、自分の目の前で食うなとまでの厳しい言いようをしていたワケではない。むしろ、好きなことをし、好きなものを楽しめばいいと、さんざん甘やかすつもり満々でいたものが、御主へは常に一歩引く、何とも慎ましい性格をしていた七郎次だったところが見事に咬み合わなかったまでのこと。

「お陰様で、
 実はこの1年でちょっぴり太りました。」

 なんて。呑気なお言いようをしている、島田家専属のパティシェさんへ、
「で?」
「“で”?」
「ですから。その久蔵さん、
 チョコレートは
 貰って来そうなのでしょうか。」
 香り立つアッサムティーを淹れて下さったのへ目礼を返しつつ、肝心要の本日のスター、思春期ど真ん中においでの、当家の次男坊のことを話題に引っ張り出した平八で。
「あれほどの男ぶりでありながら、なのにどっかで朴念仁というか。ぶっちゃけた言い方をすると、女っ気が全くないお人じゃあないですか。」
 毎日毎日とんでもなく早く帰って来ておいでなところを見ると、学校帰りの寄り道で語らい合うって格好の彼女もいないんじゃあ? 邪推や冷やかしなんてものじゃあなくの、見て思ったまんまを言っている彼へ、
「…そうなんですよね。」
 確かにねぇと、そこのところは七郎次としても認めざるを得ないらしくて、
「ご当人は“剣の道一筋”って構えでおいでだし。」
 休みの日は大概は家にいて、どこぞへ出掛けもしないまま。七郎次が呼べば、5秒以内に駆けつけるというから、

 “それも一種の
  マザコンなんでしょっかねぇ?”

 学校から1秒でも早く帰って来るのだって、休みの日に出掛けないのだって、きっとこの、気立ての優しい“おっ母様”の傍らに長く居たい久蔵だからに違いなく。構う方も方なら構われる方も方。お互いにもっさりと図体のごついタイプじゃないのが此の際は幸いし、いづれが春蘭秋菊かという麗しい見栄えに収まっているものの、
“高校生男子と二十代半ばの男性とが、おでことおでこをくっつけ合って“くすす”と微笑ってる図が絵になるんですものねぇ。”
 金髪美人二人の醸す、色彩も淡くてパステル調の、そりゃあ華やいだ雰囲気は、そのまま何か映画のポスターにでも出来そうなほどの麗しさであり。見惚れる人こそあれ、
“どこの誰が“やめろ”なんて言って無粋にも割り込めましょうか。”
 ほんに微笑ましいことよと苦笑が絶えぬ平八へ、
「でもまあ、行きつけのケーキ屋さんでは、バイトの女子高生のお嬢さんたちに騒がれてもおいでだから。」
 ご当人には関心がなくとも、下さるクチには不自由しないんじゃないでしょかと。その久蔵殿の、女性への関心の芽がなかなか芽生えぬ原因の張本人様が、あっけらかんと応じてのそれから。

 ― そいや、ヘイさんだって
   隅に置けないですよねvv

   はい?

 何の話だとキョトンとする辣腕エンジニアさんへ、綺麗な白い手でお気に入りのカップを持ち上げながら、色白のおっ母様が意味深に目許を細めて見せて、
「だってほら、昨日。そりゃあ可愛らしい春色のワンピース着たお嬢さんが、工房まで訪ねて来てたじゃないですか。」
 みどりの黒髪、腰まで垂らした、ほっそりとした若いお嬢さん。ここの窓から見えたんですが、あの頃合いってゴロさんは出掛けてましたでしょ? その五郎兵衛さんには内緒なんですかと言わんばかり、二人しかいないのに声を潜める七郎次へ、

 「春色のワンピ…ああ、あれは私です。」
 「はあ?」

 女性が操作しやすい車ってことで、あれこれと注文のあったのを今手掛けてるもんだから。さらり言ってのけた、小柄なエンジニアさんで。でもでも、あのその。アタシが見たお嬢さんは、腰がこうキュウッと絞まってた華奢なお人で。

  「ヤダなあ、私も結構、
   腰は細い方なんですよ?」
  「………………え?」

 シチさん、その“え?”は失礼だぞ?(苦笑) 爆弾低気圧も何のその。スィートな春が一足先にやって来ているらしい、バレンタインデーの昼下がりの とある一幕でございましたvv







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