■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 2


□さくら さくら
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春は明け方がいいと、昔の文人は仰有った。
少しずつ白んでゆく空の
曖昧にかすんだ具合の、
甘やかなまでに ぼんやりしたところが、
らしくていいということだったが。

だが、春の宵、陽は落ちたのに
まだ白々と明るいうちというのも、
これはこれで風情がある。
日々を追うごと暖かさが増してく、
日なかの陽気のその名残り、
甘い東風(こち)がやさしくそよいで、
頬や髪を撫でてゆく。
遠くを望める窓からの景色には、
今を盛りと咲き競う花々、
桃の濃い緋や菜の花の黄色、
桜の梢がけぶっての、
緋白の花霞なぞが見えれば何とも乙で。
桜花は勿論のこと、
すぐの間近にあってもよく。
一つ一つは可憐な花が、
若葉に邪魔されることもないまま、
濃密なまでに重なり合うて、
作り出すのは、
漆黒ならぬ淡緋が織り成す花の闇。
人が向けたる視線を吸い寄せ、
そのまま離さぬ蠱惑に酔うて、
はっと気づけば、夜陰の帳が降りている。
そんななまでに案外と、油断のならぬが春の宵。



     ◇



早くに咲き始めた枝からだろう、
小さな花びらが音もなく、
夕暮れどきの風に
攫われては ひらひら舞って。
樹下の暗がりへと吸い込まれてく。
そんな様子を何とはなしに眺めつつ、

 “せっかちなことですね。”

誰へともなく呟いたは、
胸の裡(うち)にて。
束ねるためにと要るだけの、
長さを保っている髪は、
はらりほどくと癖もなくのさらさらと、
すべらかに流れて、それはなめらか。
もうすっかり乾いたとした洗い髪、
指を立てての手櫛で梳いて、
片側の肩先にまとめるその所作は。
慣れたことゆえすっかりと、
ただただ無心なそれなのだろが。
髪を下ろすことで生え際や耳が隠れ、
それだけで随分と印象が和らぐ細おもて、
少しほど傾げて見せているところは、
様になっての嫋(たお)やかでやさしく。
髪を手元にまとめたことで、
無防備なほどあらわになった
うなじの白さがまた、
何とも言えず妖冶に艶で。
結ったそのあと撓(たわ)まぬように、
横を向いての視線は手元へ。
仄かに伏し目がちとなっているのがまた、
色香を含んでの
婀娜(あだ)な陰りにさも見えて。

 「〜〜〜。///////」
 「おや、久蔵殿。」

そちらもやはり風呂上がりらしい次男坊。
此処は彼らが逗留中の蛍屋の離れ、
間違いなく戻って来たのに、
声もなく立ち尽くしていたものだから、

 「どしました?」

カラスの行水、少しは直ったようですが、
勘兵衛様の長湯には、やはり付き合えませんか?と。
くすすと楽しげに微笑ったおっ母様。
そんな彼の髪のお手入れの様が…
あんまり綺麗だったので、
実は見とれておりましたとは、
口下手な彼には到底言えもせで。

 ― さぁさ、
   こっちへお上がんなさい。
   まだちょっと、
   髪が濡れておりますよ?

丹前の肩がほら濡れておりますよと、
持っていたタオルを広げてやっての
懐ろへ迎え入れ、
しおれた髪の裾、両の手で挟んでは、
ぱふぱふと軽やかに叩いて差し上げる。

 ― シチ。

   はい?

   いい匂い。

   そうですか?
   まだ髪油つけてないんですよ?

   それでも。///////

勿論のこと、
清潔そうな湯の香もするが、
その奥から既に、
おっ母様のいつもの匂いが
するものだから。

 「♪♪♪」

暖かで優しい、
大好きな匂いのする懐ろに
頬を擦り寄せて、
紅胡蝶様、ご機嫌の態でおいでの様子。
ご当人たちにしてみれば、
至って無邪気な触れ合いに過ぎぬと、
思っておいでであるらしかったが。
久蔵の側もまた、
少しほど乱されている髪といい、
温もって赤みを増した口許といい、
だだ白いのではなく、
透いての奥深い白をたたえた肌には、
妙に映えての罪な色合い。
そこへと持って来て…日頃は感情も薄く、
凛と冴えたるその表情が、
今は微妙に和んでの甘やかに、
柔らかくほころんでいたりするものだから。

 「普通は相手に向こうを向かせ、
  自分は背中に回っての、
  それから世話して
  やるものではないのか?」

何でまた、
そんな抱え込んでの手入れに
なっておるのかと。
遅ればせながら戻って来られた、
こちらも袷に丹前姿の御主様。
綺麗どころのお二人が
睦まじくも抱き合うておいでの図へ、
ちょいとばかり怪訝そうなお声をおかけ。


 「いいんですよ。
  久蔵殿は相変わらず
  細ぉていらっしゃるから。」
 「〜〜〜。///////」
 「それでは
  何の言い訳にもなっておらぬが?」


もしかしたらば妬いておいでか?
ここぞと訊いてもみたかったけれど、
言葉にしてしまっては野暮なだけ。
いづれが春蘭秋菊か、
どちらも臈たけた美人と佳人。
窓の向こうに盛りと咲いた、
花の王たる緋桜も、
生者たる花には敵わぬか、
霞んで見ゆる目映さで。
ああだから、
はやばやと散り始めてしまったのかも
知れませんねと、
贔屓の客がのちに囃した、
そんな蠱惑の春の宵………。





  〜Fine〜

  08.3.26.



内容は“お母様と一緒”なのですが、
サクラが咲いてるという設定上、
こちらということで。(苦笑)
絢爛と咲きそろった豪奢満開な桜も、
かすかな風にも
とめどなく散りゆく寂しげな桜も、
どちらもそれぞれに麗しく。
そしてそのどちらもが、
このお人たちにはそれぞれに、
似合うんじゃないかと思っております。

勘兵衛様だって絵になると思いませんか?
ただちょっと、
あまりに幽玄に、もしくは儚く見えるんで、
シチさんもキュウさんもすぐさま駆け寄り、
絶対に
独りにしとかないとは思うけど。(過保護・苦笑)



 

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