ワケあり Extra 3

□お大事に
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トーンこそ落ち着いたそれながら、
多くの人が詰めている広い場所ならではな ざわめきが、
間断無くのさわさわと満ちている空間だ。
時折、輪郭の滲んだような館内放送が響く中、
伸びやかなお声が数人ずつの名前を読み上げられて。
何度目かで自分だと気がつくお年寄りがベンチから手を挙げるのへ、
にっこりと笑いかける白衣の看護師さんの笑顔もまろやか。
Pタイル張りの広々としたロビーには、
ローカル局のワイドショーが映し出されている大型テレビが置かれていて。
数時間から、下手をすれば半日は掛かるとの覚悟もあってのこと、
呼び出し待ちの患者さんたちが多数、静かに座っていらっしゃり。
事務方の職員さんが詰めている、受付や清算を担うカウンターまで、
診察室からのカルテを運んで来た看護師さんが。
外来患者の中に退院して間がないお人を見つけ、
あら調子はどうですか?なぞと 話しかける余裕があるほどに、
外来診察にも医師が多数あたっておいでの大型総合病院…であるのだが、

 「今日は特に、
  榊せんせえが
  当番の日だからねぇ。」

 「そうそう。」

専門は外科だが、こちらでは整形外科も診ておいでの、
とある若せんせえが評判ならしく。
骨折などの外傷への治療や、
腰痛・関節炎などへの診察やリハビリにと、
ほぼ毎日通っておいでのお年寄りたちが、
今日は特別な日だからと口々に言い、

 「ご自分の診療所も
  お持ちなんだが、
  医大の先輩にあたる
  この病院の副院長から
  どうしてもって
  頼まれたとかで。」

 「そうそう。
  それで週に2回ほど、
  当番に組まれての
  診察をしてなさるんだよ。」

 「へぇえ、そうなの。」

ご近所の顔見知りながら、診療には今日初めて来たというお友達へ、
そんな風に知っている限りを話してくださる“常連”の皆さんであり。
規制緩和の嵐が吹きすさんだ 某首相の方針下、
インターン制度の大改革も行われたその余波などなどで、
一部の病院では究極の医師不足に見舞われてしまい、
他でもない公立病院が 泣く泣く閉鎖に追い込まれた話も多く聞く。
医療法人系の総合病院でも医者不足には違いなく、
院長や古株の先生がたの得意分野ではない診療科は、
医大病院などへお声をかけて、
助っ人を寄越していただく格好で何とか補うのが、
もはや当たり前になりつつある昨今。
何せ専門医だからか、
助っ人せんせいの方が評判がいいというのも
ともすればよくある話だが、

 「そうか、
  外科のせんせえなんだ。」

微妙に専門外なのねぇという響きの声を返すお相手へ、

 「そうは見えない
  お綺麗な人
  だけどもねぇ。」

少々見当違いなお返事返したおばさまたちが、
うふふふと意味深に微笑って褒めた、
本日 水曜午前の整形外科外来を担当しておいでの美人なせんせえ。
まだ40代に入ったばかりという、
若手から やっとのそろそろ中堅へ
その格が上がろうかという頃合いのキャリアでありながら、
医者仲間からのみならず、患者からも信頼が厚いのは。
治療や施術に於ける優れた腕前は勿論のこと、
人当たりのよさでも ウケておいでだからに他ならぬ。
清潔感あふるる つややかな黒髪に、
やや鋭角に冴えた面差しが いや映える、
女性と見紛うばかりのスタイリッシュな痩躯…と来るため。
お初のご対面では、
“もしかして神経質なお人かなぁ”との誤解を
受けやすくもあるのだが。

 「どうされました?
  …おや、
  そんな怯えたお顔なんて
  なさらずに。」

まずは屈託のない語調で話しかけ、
緊張してのこと要領を得ない説明となっても、
それは辛抱強く構えて仔細を聞き取ろうとなさる。
まま それは当然のことじゃあるのだが、
涼やかな目許をはんなりと細め、にっこり頬笑むお顔には、
例えるならば山間にひっそりと咲く山百合のような
清かで誠実そうな温かさが満ち満ち。
神経質な人かしら…なんていう、
ある意味でこれも 怖もてな第一印象が、
あっと言う間に消し飛んでのその後へ、
その倍くらい好感度が植え付けられてしまうのだとか。
そんなこんなで、
入院患者はもとより、外来の患者さんたちからもウケのいい、
ともすりゃ看板と言ってもいいほど評判の名医さん。
今日も今日とて、九時からの診察開始を待たずして、
診察室前の待ち合いフロアは
長椅子も全て埋まっているほどの賑わいぶりで。

 “おいおい
  賑わいはないだろう。”

  ……あ、
  これは失礼致しました。

整形外科と言っても、
骨折や捻挫への対処の経過や、
頑固な腰痛や肩凝り、通風だけを診るわけじゃあない。
ちょっと食欲がなくて、何だか熱っぽくてというお声が出れば、
では消化薬を出しましょうか、風邪かも知れませんねなどなどと、
体力や免疫力の低いお年寄りが相手の場合、
全身の容体へも眸を配り、逐一 対応する必要もあり。

 “まま、それでも
  ウチの患者さんたちは
  素直なかたが多くて
  助かる。”

自分で勝手に病名を決めて譲らない人や、
こういう治療もあるんじゃあと、
あちこちで齧って来た もっともらしい話を出して来て、
中途半端に“知ったかぶり”するお人とか。
医者による“ドク・ハラ”が問題視されつつある昨今だが、
もしかするとそれと同じほど、
患者の側の“クレーマー”や“モンスター”だって
引きも切らぬ今日この頃でもあるそうで。
適切絶妙な処置とそれから、
それは丁寧で、誠心誠意という対処を心掛けておいでなればこそ、
全てお任せ致しますとの信頼、
多くの患者さんたちから得ておいでの、榊兵庫せんせえ。
ステンレスの筒に何本も立てられた、
そちらもやはり銀色の、
大きなピンセットやハサミもぴかぴかと目映く、
掲示したレントゲン写真を見やすいように照らし出す、
大きめの照明板が付いたデスク前にて待ち受けて。

 経過はいかがですか?
 特に異状は無し?
 それは良かった。
 では、リハビリ室へ…
 あ、お薬そろそろ
 無くなりますよね。
 内服薬だけでいいんですか?
 じゃあ、出しておきますね、と。



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