ワケあり Extra 3

□秋もたけなわ 〜前哨戦
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秋の陽は釣瓶落としとは
よく言ったもので。
ほんの1カ月ほど前ならば、
同じような時間帯、
同じように
陽が沈んだ後には
違いなくとも、
何とはなく
まだ白々と
明るかったものが。
このごろでは
日暮れだねぇと
思ったそのまま、
ちょっと油断すると、
あっと言う間に
真っ暗になっており。
家の中だの、
店の中や建物の中にいると、
ますますのこと
ピンと来ないけれど。
照明のない一角なんぞへ
踏み込むと、
まだ早い時間のはずなのに
驚くほど暗くて、


 怖い想いをしかねない。




 「さっきはよくも
  偉そうにしてくれたよな。」

 「他の客の目が
  あったしな。
  勇気出して
  注意しました
  ってことで、
  ヒーロー扱いもされて
  さぞや気分も
  よかっただろうよな。」

 「お陰で俺ら、
  余計な恥かいちまってよ。」

 「なあどしたよ。
  もう勇気とやらは
  出ねぇのかよ。」


JR駅の裏手の
寂れた通りの
突き当たりに、
不法投棄の
不燃ゴミ置き場同然
というほどに、
壊れた自転車だの、
縁の割れた
一升ビンケースだの、
持ち主も定かじゃ
なさそうなあれこれが
汚れたまんま
乱雑に積まれて散らかった、
名ばかりの
駐輪場らしい
スペースがあって。
昼のうちなら
人の通行もなくはなく、
ただの散らかった
ゴミ捨て場なのだが。
陽が落ちてしまうと
ビルの陰が
重なることもあって、
妙に真っ暗な
闇溜まりになってしまい、
そこへ潜むと
誰がいるやらも
道の側からは判らない。
そんな怪しい暗がりから、
ぼそぼそとした声がする。
複数分の青年のそれだろう、
低く凄みを帯びた声しか
聞こえぬが、
彼らが刺々しく
八つ当たっている相手も
間違いなくいるようで。
話の様子からして、

 「おおかた、
  コンビニかどこか
  衆目の中で
  行儀の悪さを
  注意されたん
  でしょうね。」

 「で。
  恥をかかされた〜
  なんて逆恨みをして
  そのお相手を
  待ち伏せして。
  此処へ引っ張って来た
  というところかと。」

 「……」

 「ですよね、
  サイテーです。」

 「反省するどころか、
  腹いせに
  痛ぶってやろうぜ
  とかどうとか、
  ますますもって
  情けないことへ
  一致団結したらしい
  チンピラですもんねぇ。」

あ〜あ、やれやれと
肩をすくめる様子さえ
浮かびそうな
いかにもな呆れ口調が
堂に入ったお声が、
少しも忍ばせずの、
しっかとした張りをもって
立ったものだから。

 「な…っ。」
 「誰だっ!」
 「利いた風な口
  利きやがってっ。」

こういう行為、
見られたとしても
後難恐れて
見ぬ振りする大人しか
知らなんだのか。
それにしては
ぎくりと肩震わせて、
周囲の夜陰を見回した
青年たちが何人か。
コシのなくなった
ジャケットや、
くたびれたローライズを
まとった面々が、
せわしくも
キョロキョロ
して見せたのへ、

 「何ぁんだ、
  やっぱ人の目は怖いんだ。」

 「こんな物陰で
  コソコソ仕返ししてる
  くらいだしねぇ。」

ますますのこと
小馬鹿にしたような
口調になって、
嘲笑交じりの
居丈高に言い放った存在が、
よくよく見やれば道の側、
接触が悪いのか、
時折パチパチと
光源が弾けるように消える
意地の悪い
街灯の下に立っており。

 「…?」
 「お前ら…。」

声から察しても
若い女らで、
自分たちもそれを有利と
まとっていた暗がりの中、
輪郭しか伺えない相手は、
3人だとだけ判る。
さほど大柄でもなし、
立ち姿はすっきりしたもの。
挑発的な物言いは、だが、
ドスが利いてもなければ、
品のない
薄っぺらな声音でもないし、
人を見下してるような
それながら、
話し言葉自体は
特に汚くもなく。
今の今、
こんな場末の暗がりに
立ってこそいるが、
本来は…自分たちのような、
ふらふらと出歩く
人種ではないような
感触がしないでもない。
見せもんじゃねぇんだと
凄んで追い払おうか。
それとも
そんな高飛車は
やっぱ許せんと、
こっちの、
半端にヒーロー気取りだった
おっさんと一緒くたに
ビビらせて、
最後に幾らか
巻き上げてやろうかと。
咄嗟に決めかねた隙が
出来たのも、
何か空気が、
いやさ雰囲気がおかしいなと、
そんなところを
感じ取ってしまった
彼らだったからであり、

 「結局は
  弱腰な相手にしか
  怒鳴れない、
  器の小さい連中なんだ。」

 「ホント、
  頭数いてもそれって
  ウケるー♪」

わざとらしい言いようで、
やはり挑発する少女らなのへ、

 「こんのっ!」

さすがに頭に来たのか、
一人が踏み出して
来かかったようで。
じゃりっザッザッと、
砂のまぶされた
コンクリートを
靴底が強く踏み込んだような
音が立ったが。

 「  うあっ!」

暗い中に響いたのは、
意外や意外、
野太い男の声のほう。
えっと残りの面々が
目元を眇める中、
ガツンという
鈍い音がしてから、
ばさバタンと
服の乱れる音に重なり、
何かが倒れ込んだ
重い物音が響いたものだから。

 「おい、カツヤ、
  どうした。」

 「何だよ、
  ふざけてんじゃねぇよ。」

街灯を背にしていた
相手の側も、
ササッと
動いたようではあったけど。
足音や揉み合いの
気配の立った後、
何事もなかったかのように
元の位置へと
戻っているのが、
こっちにすれば
不気味でならぬ。
しかもそこへ、

 「どうかしました?」

 「もっと
  遊んで差し上げても
  よろしいのよ?」

うふふ、くすくすと、
若々しい少女らの声が、
そりゃあ楽しそうに、だが、
軽く畳まれた側にすりゃあ、
底意地悪くも
聞こえるような
言いようを
重ねるものだから。

 「て、てめぇ…っ。」

残りのうちの一人が、
頭に血が昇ったか
語気を荒らして
いきり立ったものの、

 「ま、待てって、
  ヨージ。」



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