月夜ノオトシモノ
□本当の自分
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薄暗く古びた三日月ビルの十階。莵は昨晩と同じように、そこにいた。
「なんや、それ。失恋記念にオレと一杯やろうってわけかいな?」
莵が現れたオレを見て苦笑する。
オレは何の気まぐれか、コンビニの袋を引っ提げてここに来ていた。莵に頼まれたわけでもないのだが。
「まだフラれたわけじゃねえよ」
「そりゃ、どうやろなぁ」
莵は赤い瞳を輝かせながら、ふっと笑みを零す。
「とりあえず、お前に土産。まあオレを変えてくれたことには感謝してやりたいしな」
「ほう…?ッてなんやねん!これ!」
袋を開けて莵は眉をしかめる。それはペットボトルに入った100%の人参ジュースである。
「いや…ウサギの好物ってこれ以外思いつかなかったし」
「アホかいなッ!せやから動物園のウサギと一緒にすんなッちゅーてるやろ、…んったく、月見団子食ってもズレたところは変わらへんな!」
莵は皮肉たっぷりに言いながら、不審気にペットボトルをまじまじ眺めて、成分表示までちゃんと読んでいる。
「はぁ?そんなに糖分多いんか、栄養取れるわけないやろ。こんなん。」
とかなんとか、言いながらペットボトルを振ったりしている。もしかしたら…こういうジュースは初めて見るのかもしれない。
オレはちょっぴり莵の様子が可笑しくて笑ってしまう。
「おまえ、意外に世の中知らないんだな」
「やかましいなぁ。んったく、どうせなら酒買ってくりゃええのに」
「は?ガキに酒飲ませられっかよ」
「せやから、俺はガキじゃないねん!」
はいはい。分かってますけども。
まったく。何言っても文句しか返ってこないヤツだよな。