月夜ノオトシモノ
□プロローグ
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――今宵は満月。高層ビルが立ち並ぶ合間、漆黒の夜空にぽっかり穴を空けるように白い月が浮かんでいる。
こんな晩は無性に月見酒が飲みたくなるわい。
いつものようにビルの十階の窓辺に胡坐をかいて座り、莵(ウサギ)はガラス越しに街並みを眺める。
ビルの下の路地ではぶらぶらと赤い顔をしたサラリーマン達がご機嫌な面で歩いている。畜生。人間どもは毎日飲み歩きやがって。羨ましいったらないねんな。
夜の街並みは色んな光が混じりあって眩しい。莵は約三十年、この景色を見ている。しかし一度も好きになれたことはない。
まったく二十世紀の人間ってのは眩しいモンがよほど好きなんやな。電子?どこぞのアホが余計なもん発明しよって。夜は月明かりさえありゃ充分や。
人間ってのはほんま我が儘な生き物や。次々欲望が尽きへん。街並みもこれでもかってくらい進化してやがる。
と――…莵がいつも通り退屈な景色を眺めていた、そのときである。
急に目の前にぬっと人の顔が現れた。