満月の夜に贈る歌
□知らなければ
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知らなければ
傷つくこともなかった─
閑静な住宅街に、一際目立つ洋館。
表札には「蝶野」と書いてある。
歌月はこの屋敷に、独りで暮らしていた。
歌月「…もう梅雨か。」
外は土砂降りの雨。
歌月はぼんやりと窓の外を眺めていた。
『あなたなんて生まなきゃよかったわ!』
歌月の脳裏に浮かぶ母の声。
歌月「やめろっ!」
記憶を掻き消すかのようにテーブルの上に用意したティーポットをひっくり返すが、割れるポットの破片と母の姿が重なる。
パリーン
大好きだった父が亡くなったその日は、6月で梅雨入りだった。
母は泣いて縋る僕を置いて、どこかへ行こうとしている。
『奥様、それではあまりに歌月様が…!』
必死で母を引き止める冬木さん。
『うるさいわね!
この男は私のパトロンに過ぎない。
私は本当の愛に目覚めたのよ!
歌月は、はっきり言って邪魔よ。
子供を育てるなんて、お金にもならない。
なんのメリットになるの?』
そう言い捨てて、母は僕と冬木さんに向かってティーポットを投げた。
幸い、僕らに命中する前に床に砕け散ったが、母は姿を消した。