GX

□Romantic memory.
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 陽が落ちるのが早くなってきた。夏のムシっとした暑さも過ぎてしまえばどこか懐かしくそして、なぜか焦れてしまう。夏という季節がどこか彼と似ているからだろうか。
 朝のひんやりとした空気はもうすぐやって来る冬を予感させる。季節は秋。

「じゅうだーい、そんなに走ると転ぶぞー」

 真っ直ぐな一本道を鮮やかな赤色を翻しながら駆けて行く十代。枯れ葉を踏む感触が面白いのだろう。彼が駆けるたびにいくつもの落ち葉が舞って、まるで真っ赤な絨毯の上でワルツを踊っているかのようだった。もしくは、妖精が落ち葉と戯れているような、どこか幻想的な景色。
 くるりとこちらを振り返って一言「だいじょーぶ!」と満面の笑みで返されると、仕方がないなと思ってしまう。これが惚れた弱みというものだろう。
 スッと伸びた道は、どこまでも続いていて果てが見えない。両脇に植えられたメタセコイアの木々。ため息が出るほど美しい赤と黄色に染められた木は、どこまでも平坦な道のりに彩りを添えている。

「待てって!」

 ボンヤリと見とれているうちに、いつのまにか小さくなっていた十代の姿を見て慌てて追う。十代は「わー、ヨハンが追ってきた。逃げろー!」とまた遠くに行ってしまった。
 楽しそうな笑い声が聞こえてくる。その動作がとても幼く彼らしかったので、思わず笑みが零れた。

「待てよ!」
「やーだね!」

 肩越しにこちらを見、ちらりと赤い舌を覗かせた。まるで浜辺を駆ける恋人たちの様なやり取り。
 グッと足に力を入れて加速した。すると十代も更に速度を上げて遠くに逃げようとする。
 浜辺なんてロマンチックなものじゃない。例えるならば、そう、今ここは運動場。コースが描かれた運動場だ。精一杯手を足を動かして、息を切らす。

「うわぁ!」
「へっへーん。捕まえたぞ、十代」

 後ろから手を前で交差させて抱きしめた。暖かい。子どもを抱いているようだ。
 肺いっぱいに冷たい空気を取り込むと、日向の匂いがした。

「ヨハンの方が足長いから。だから追い付かれたんだ……」

 途切れ途切れにそんなことを呟く十代。口を尖らしているのが容易に想像できる。
 競争して負けた時の十代の常套句になりつつあるこの言葉。今までは否定やら何やらをしてきたが、今回はちょっと趣向を変えてみた。

「それは俺に対する褒め言葉?」

 耳元で囁けば勢いよく顔をこちらに向けて抗議の声をあげた。頬どころか顔全体に朱が射していてリンゴの様だった。想像通り、いやそれ以上の反応だ。

「ばっ、ちげぇよ! 都合の良い所だけ聞き取るな!」
「あはは、知ってる知ってる。十代は俺が大好きなんだよなぁ?」
「言葉のキャッチボールをしろ、このフリルー!!!」

 どうにかオレの腕から逃れようともがくも、なかなか抜け出せないようで、前に後ろに、右に左にと暴れるがどれも功を成さない。
 更に回す腕に力を込めたら、じたばたと動いていた十代も次第に大人しくなり、真っ赤な顔を下に隠した。せっかくの可愛い顔が勿体無い。

「確かに、オレ……」
「ん?」

 ひとり言のように囁かれた言葉は風が木の葉を撫でる音で掻き消えてしまった。はらりはらりと赤が地面に落ちてくる。
 どこまでも穏やかで、幻想的な空間だ。ぽっかりと切り取られた、俺達だけの空間。こ全てのものが俺たちを祝福しているような、そんな気さえする。
 びゅうと吹いた風は冬の風。ぶるりと身震いをした十代を温めるように、体の熱を移すように優しく抱きしめる。

「ヨハンは、ずるい」

 オレの腕をきゅっと掴んでこちらを睨むように見てくる。訳が分からなくてポカンとしていたら、一言一言区切るように同じ言葉を繰り替えした。

「なんでオレがズルいんだ?」

 心底意味が分からなくて首を傾げた。十代は顔をさっきより赤くして、だってと続けた。
 

「ふざけてると思ったら、優しくするし。調子に乗ってるのかと思ったらそうじゃないし。どれが本当のヨハンかわかんねぇよ。それに、何ていうか、その……」
「十代」

 その先の言葉が見つからなくて戸惑っているのだろう。だが、言いたいことは分かった。
 十代はオレをズルイって言うけど、十代の方がもっとずるい。
 だって、さっきまでの天真爛漫な十代とこの真っ赤な顔をして俯いたり悩んだりしている十代がとても同一人物とは思えない。だから、もっといろんな十代の顔を見たいんだ。もっともっと、オレだけに見せてほしい。皆の知らないキミの素顔を見せてほしい。
 でも、根底にあるのはもっと単純な理由。

「どれも、オレだ。だって、十代の笑った顔がみたいから」
「オレ……?」
「そう。十代に笑っていてほしいから。出来ることなら俺の手で笑わしてあげたいから」

 十代はもぞもぞと動き、オレの腕から逃げ出した。嫌、だったのだろうか。
 くるりとこちらに向き直り、オレの肩に腕を回した。十代の心臓の音が聞こえてくる。

「ありがとう。オレもできるならヨハンをもっと笑わせてやりたい」
「俺は、十代が笑ってくれてたらそれで十分だ。だから十代が幸せである限り、俺も幸せってことだな」
「ヨハン……」

 耳元で囁かれたその甘い言葉は秋風にさらわれることなく、体に溶けていった。



 

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