GX
□錦冠
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祭り囃子の音、屋台から聞こえる威勢のいい声、氷をかく音に鉄板の上で油が跳ねる音。水笛の音に、人ごみのざわめき。
「覇王、何する? 何食べる!?」
屋台は定番のたこ焼きやかき氷といったものから、タピオカドリンクやケバブといった最早日本とは一切関係の無いものまで実に多種多様で、無礼講を絵に描いたような有様だった。
年を重ねるごとに店の種類は増えているようだ。今年は去年までは無かったトルコアイスが仲間に加わり、涼を求める人で賑わっている。店先には子どもが押しかけて、伸びるアイスに興味を示していた。
「落ち着け、十代」
会場をぐるりと見て回って、どこにどんな店があるのかをチェックしていく。金魚すくいやクジを見るたび、胸が高揚していくのがわかる。小さい時は親に何て連れてきてもらえなかったから、その反動が出ているのだろう。お陰で祭りと名の付くものは大好きだ。
祭りの時期が近くなると、クラスメイトは友だちと祭りに行く約束を交わし、祭りの翌日はどこかその余韻を残して盛り上がっていた。神輿担いだ、だとか鐘を叩いた、だとか、ちょっと安くしてもらえただとかを聞くたびに耳を塞ぎたくなったものだ。念願かなって、初めて祭りに来れたのは小学校6年生になってからだった。とうとう耐え切れなくなったのだ。
その日も親なんて帰ってこなかった。だから覇王と家を抜け出して、祭りに参加した。夜は補導されるから、とか覇王が言ったせいで一番盛り上がる時間には参加できなかったけど、それでも初めての祭りはとても楽しかった。それからだ。毎年参加するようになったのは。
「だって祭りだぜ? 楽しまなきゃ損だろ。ほら、射的あるぜ!!」
「……先に腹を満たしてからだ」
遊びたいのに。
頬を膨らませ、スーパーボールすくいやかたぬきの前を通る度に「やりてぇなぁ」と呟いていたら、覇王がお面を買ってくれた。
白いお面のそれは昔から好きなヒーロ、ネオスだ。未だにこのシリーズは続いていて、子どもから大人まで大勢の人に支持されている。ネオスペース、ヒーロー。未だに憧れを抱いている存在だ。
「ありがとう、覇王!」
それに満足したオレは早速頭に付けて、はぐれないように覇王と手を繋いだ。その手は温度なんて感じられない程ひんやりとしていて不安の波が押し寄せてくる。覇王の顔を見やると、涼しい顔をして「どうした?」と何でもないように言うから何も言えなくなってしまう。
頭を振って、手を思いっきり引くと、金色の目が大きく見開かれて「十代!!」なんて珍しく大きな声を上げるものだから何だか楽しくなって、人ごみの中を縫うように走っていった。覇王の手が冷たいのはいつものことだ。今更そんなことを言っても仕方がない。
やって来たのは、かき氷屋。店先には色とりどりのシロップが並べられている。かけ放題! なんて書いてあって、たくさんの子どもたちが、これでもかというくらいにかけていた。
楽しそうだ。
「全部かけたらどんな味がすんのかなぁ……」
ぽそりと呟いた声は覇王には届いていたようで、呆れたようなため息が聞こえてきた。
それを無視して、かき氷をふたつ頼む。覇王は未だにじと目でこちらを見ていた。
ガリガリと氷を削る音がして、さらさらと雪の様に降り積もっていく。小さな氷は、光に反射して宝石のようにキラキラと輝いている。まるでそこだけ別世界の様だった。
ペンギンが描かれている容器に盛られた氷ふたつと交換でお金を渡す。
「覇王は何かけるんだ?」
カップを渡すと、少しだけ目が輝いたのを見逃さない。
「……」
シロップの前で真剣に悩み出す覇王を見て、笑い出したくなった。それを横目に、オレは片っ端からシロップをかけていく。いちごにメロン、ブルーハワイにレモン、コーラにみぞれ。出来上がったかき氷は見たことがないくらい色鮮やかなものとなっていた。
「覇王、見て見ろよ! レインボーかき氷だぜ!」
ようやく何味にするか決めた覇王に自慢するように見せびらかす。
「……想像していたよりまともだな」
視線をレインボーかき氷に落とし、意外そうな顔をした。
「まともって何だよ! 一度に色んな味が食えるんだぜ!? 夢みたいじゃん」
「それはそうだが……」
覇王の手元を見やると、いちごのシロップと練乳がかかったかき氷が完成していた。
「相変わらず、覇王は甘党なんだな……」
見た目に反して甘い物好きな覇王は、これでもかというほど練乳を垂らしていた。真っ白、とまではいかないものの、それに近いものはある。
「いいだろう、別に」
ふい、とそっぽを向いて氷を口に運ぶ。頬が微かに緩んでいた。
それに倣い、オレもかき氷を崩して食べる。
「ん、んんん〜!?」
いちごの味がしたかと思えば次の瞬間にはレモンが、かと思えばコーラがきて……。
「不思議な味がする……」
不味くはない。寧ろ美味しい。だが、色々な味がせめぎ合うように行ったり来たりして訳が分からない。残念ながらみぞれの味は全くと言っていいほど消し去られていたが。
「そうか。不味くないのであれば良かった」
シャクシャクと食べ進めながら歩く。覇王は終始笑顔だった。
こいつはオレと違って手先が器用だ。それに好きなことはとことん追求するタイプ。
休みの日になると自分好みのお菓子を作ろうと朝から台所に立っていたという事は一度や二度ではない。その努力の証ともいえるレシピの数々は、覇王の部屋の本棚に何食わぬ顔をして鎮座している。
そんなことを思い出しても、目の前のかき氷が減る訳でもない。むしろ覇王の絶品スイーツの味を思い出して、余計に食べる気が失せてきた。しかし食べきらなければ勿体無い。だが……。
「なぁ覇王。半分食べてくんねぇ?」
先ほどまで鮮やかなまでの色彩を放っていた氷は溶けきってしまい、茶色い液体に変わり果てていた。
「やっぱりな」
呆れ果てたように大きなため息を吐く。
実際覇王が呆れるのももっともだった。もはや、イチゴがどうとかレモンがどうとかいう次元ではない。すべてが超融合して歯が浮くような甘さになっている。
「甘いもの大丈夫なんだろ!? 頼む、食べてくれ!」
サレンダーだ。もうこの甘さには耐えられない。覇王ならば、と望みを託す。
いつもなら「自業自得だろう」と一蹴されるのだが珍しく「仕方がない」と容器を受け取ってくれた。
「へ、いいのか?」
「……今回だけだからな」
辛うじて残っている氷の欠片をスプーンで掬って口に運ぶ。その後ストローで甘い汁を吸う。至って普通の表情で。
「そこまで甘くは無いぞ?」
ずずずーと飲んで完食。あっさりと食べ終わって、覇王はやっぱり甘党だと再確認。
「すげぇ……」
あの砂糖の塊みたいなシロップを平らげたのだ。いくら水で薄まっているとはいえ、味はカオスで後には甘いものだけが残る。よくそんな甘党で、あんなに美味しいスイーツが作れたものだな。そういうと、十代のぶんは砂糖をそれ程入れていない、と。分量を変えて作っていたらしい。初めて知った。きっと覇王が食べていたのはオレのより数倍甘いに違いない。
……一度覇王の食べているのを貰ったことがあったがそこまで甘かっただろうか。少なくとも、レインボーかき氷よりも甘さは控えめだったはず。いや、今考えるといつもと変わらない甘さだったかもしれない。
だとしたら、今「そこまで甘くない」と言ったのは嘘?
分からない。分からないから覇王の腕にしがみついて礼を言った。そうしたら覇王は驚いたように目を見開いて、その後に「ああ」と小さく笑った。
しかし、口の中の甘ったるさが消えるわけでは無い。早急に口直しが必要だ。
「あ、たこ焼き!」
食欲をそそるソースの匂いにつられて、屋台めがけ一目散に駆けていく。
「おじちゃーん、たこ焼きふたつな!」
「あいよー!」
なかなかに愛想のいいおじいちゃんだった。サービスだって笑って、お金の端数を引いてくれたんだ。お金を払ったら、持ちやすいように半透明ビニール袋に入れて渡してくれた。
お礼を言い、店から離れた。早速食べようとすると「人が多いからベンチに行くぞ」と覇王に手を引かれて空いている箇所を探すことになった。確かに人が多くて食べ歩きは危なさそうだ。
だが、どこもかしこももカップルやらで埋まっていた。相席はさすがに勘弁して欲しい。
やっとのことで見つけた時には相当時間がたっていて、たこ焼きは冷めてしまっていた。ま、猫舌の覇王にはちょうどいいかもな!
「いただきまーす」
大きく口を開けて一口でペロリといくオレと、何回かにわけて食べる覇王。兄弟なのに容姿以外は本当に真逆だ。
勉強が大っ嫌いなオレと、勤勉な覇王。大雑把なオレと、細やかな覇王。意見のすれ違いもあったけど、それが楽しかった。
「十代。口の端にソースが付いているぞ」
へ、どこだ?
そう口を開く前に、手がスッと伸びてきて柔らかい指先が唇に触れた。冷たくて心地良い。
そのソースをティッシュで拭うのかと思っていたが、覇王は何を思ったのかそれをそのまま口に運んだ。
「な、何やってんだ!?」
「何って、ソースが付いていたから拭っただけだ」
友人たちから鈍感だの鈍すぎるだの言われるが、覇王よりはマシだと思うんだ。こいつはいつでもどこでもマイペースで、他人の事を一切気にしない奴だ。だから外でこんなことを恥ずかしげもなくできる。
そんな覇王に抗議しても無駄だから、顔を赤くして大人しくたこ焼きをつつくしかない。
その後はひたすらに楽しんだ。
射的が得意な覇王に少し大きなダンディライオンのぬいぐるみとハネクリボーのぬいぐるみ、E-HEROとE・HEROのストラップ詰め合わせを取って貰った。オレと覇王のデッキのモンスターたちだ。その中のインフェルノ・ウィングを渡そうと思ったのだが、覇王にフレイム・ウィングマンが良いと指さされ、お互いのフェイバリットカードは本来の持ち主とは別の持ち主の下へ行くことになった。
覇王の勢いは衰えず、次々と景品を撃ち落としていく。射的の兄ちゃんは顔を青ざめていた。土下座でもしそうな勢いだったのがちょっと笑えてしまった。
銃を構える覇王は格好いい。いつもの数倍キリッとした顔で獲物を見据える金の瞳。そこには感情の揺らぎがなく、まるで戦場のようだった。実は、景品よりもそれを見るのが好きだったりする。
ヨーヨー釣り、輪投げ、スーパーボールすくいを片っ端から楽しんだ。覇王は冷静だとか冷たいだとか、とにかくいろんな噂があった。けど、本当はうちに熱い物を秘めている。それが表に出てこないだけだ。
それに、何だかんだで覇王も祭りが好きなんだってことを知ってる。そもそも、この祭りを誘ってきたのも覇王からだったなぁ、とついこの間の記憶を蘇らせた。
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