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□contrast
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「お前は十代様の影なんだよ」
生まれてこの方、その文句を聴かない日は無い。毎日毎日召し使いや家庭教師にそう言われ、勉学や剣術、乗馬と望んでもいないのに叩き込まれる。
十代とは、この国を治める王の息子である。第一王位継承者でれっきとした俺の双子の兄であった。いつも笑顔で周囲を明るくし、父上と母上と民に愛されている望まれた子ども。
かくいう俺は、生まれたその日に存在を抹消された。いや、十代の影として生きる道を運命づけられた。
双子で見目が全く同じ。だが俺はこの国では不吉と言われる金の眼を持っている。だから恐怖し、存在を抹消した。その時点で殺さなかったのは親の愛情だろうか。くつくつと喉が鳴る。そんなわけがない。俺は所詮、十代に何かあった時の「代替品」なのだ。
十代は勉学が苦手なようで、授業はいつもサボって人間、モンスター問わず友人のところへ遊びに行っている。流石にこのままでは不味いと思った臣下たちが「十代様の弟に政をさせれば宜しいのでは」と進言した、らしい。だから俺はこうして教育を受けさせられている。この離れで。
十代はへらへら笑う名前だけの王になって、俺は陰で政治を執り、全ての手柄はあいつの物。
俺は恨む。
産み落とした人間を。
俺は恨む。
生かした人間を。
俺は恨む。
完璧を求める人間を。
俺は恨む。
この世界を。
俺は恨む。
……十代を。
これは復讐だ。俺はこの国を世界を手に入れ、あいつらを一生閉じ込めて殺さずに苦痛を与え続けてやる。
俺は上機嫌で城を歩く。滅多に入る事の許されない白亜の城は、そこかしこに調度品が誂えられていた。歴代の王の肖像画、国の繁栄を表わした絵画、著名な彫刻家の作品、花瓶に動物の剥製。
今からこれらを破壊しつくせるのだと思うと居ても立っても居られない。
赤いマントを翻し、邪悪な力を持ったモンスターを従わせ先に進む。
「十代、様……?」
長剣を腰に携えた二人組が、戸惑った声を出し、近寄ってくる。
笑いが込み上げる。
どうやら俺は、「いない人間」として認識されているらしい。恐らく俺を知っているのは王と王妃、教育係、十代くらいなのだろう。
「十代? 十代は俺の兄だが??」
真っ黒い靴を一歩前に出す。コツンという音が壁に反響して心地が良い。ああ、頬が緩むのが止まらない。
騎士は情けなくも後退している。それでは国は守れぬぞ?
まあ良い。どうせ王に忠誠心が有るわけでは無いのだろう。お国の為にその命を散らす事なんて本心から望んでいる事ではないのだ。
「じ、十代様に御兄弟はいない!! 貴様何者だ!」
右側の騎士が気丈にも間合いを詰めてきた。それと同時に抜刀。なるほど、こやつは忠誠心を持っているようだ。
剣如きで俺に勝てると思うてか。騎士のくせして相手の力量を正しく計れぬのだろうか。全く、舐められたものだ。
「マリシャス・エッジ」
後ろに控えていた鋭利な刃物をもつモンスターが昏い笑みをたたえて飛び出した。ギラリと光る銀を見た刹那、手前にいた騎士が剣を横に構えて防御の体制を取った。
目を瞑り、口角を持ち上げる。
何とも品の無い断末魔。一陣の風を感じて、目を開ける。マリシャス・エッジは既に二人目も殺してしまっていた。
ほんの一瞬の間。それにも拘らず、最早人間かどうかも判断が付けられぬほど、八つ裂きになっていた。肉の塊とは、きっとこういうことを指しているのだ。
あたりには鉄の匂いが充満していて、そこで初めて周囲を見渡した。なるほど、なかなかに悲惨である。
美しい彫刻は血にまみれ、純白の壁は赤黒く変色していた。
軽快な靴音は消え去り水の音が代わりに響く。人間とはあっけないものだ。十代達はこのようなことにならないように注意しなければ。
目的の部屋に辿り着くまでに、何度も殺した。俺の通った道には、まるで俺を祝福するかのように真紅の薔薇が一面に咲き誇っている。
重厚な扉の前には、また見張りの騎士がいた。その奥に大切なモノが有るという事は一目瞭然である。
「邪魔だ」
声を上げる間もなく、二人の見張り番は死体と化した。どちらの部位かも分からぬほど、バラバラにされて。
人だったモノは頭と胴、それから四肢に分けられ、さらに腕と手首から先に、そして四肢は細切れに切られていた。
肉の切れ目からは血がしたたり落ち、辺り一面を鮮血に染めている。胴からは内臓が飛び出しており、そこかしこにどす黒く、そして色鮮やかな物体が散乱していた。足で踏むと弾力があるのか、俺を拒むようにして跳ね返してくる。力を込めると、しかしそれはぐちゃあと音を立てて呆気なく潰れた。頭蓋から漏れ出ているのは脳だろうか。
猟奇殺人者でも流石に良心が傷みここまでの事はしないだろう。だが、俺は殺人者ではない。復讐者だ。憎悪に支配された復讐者。
血に塗れたドアを開ける。手に赤がべっとりと付着した。
「十代」
外で殺戮が行われていたなどとは露知らず、十代は羽の生えた茶色い毛玉と戯れていた。
大きな窓からは陽の光がたっぷりと降り注ぎ、俺の薄暗い部屋とは大違いで何処から何処までも此奴の影なのだな、と実感。
「……誰だぁ?」
ポーン、ポーンとタイミングよく中空に投げられている毛玉は、最早諦めているのか沈黙を守っている。
ぴたりとその行動が止まった。放り出されたままの毛玉は引力に従い、地面に落下し、情けない声を上げた。
座り込んでいた十代は、勢いよく立ち上がり俺の方へ駆けてくる。
「もしかして、オレの弟か!?」
目の前までやって来た此奴。身長も、髪の長さも、全く同じで、ただ瞳の色だけが違う。
世界は光で溢れていると心の底から信じ絶望を知らない胡桃色の瞳と、全てに絶望し全てに復讐をと誓った金の瞳。
何故、目の色が違うというだけでこんなにも苦しい思いをしなくてはならないのだろうか。何故この色が不吉なのだろうか。いっそのことこいつが呪われた存在だと蔑まれてきたら良かったのに。
本人を目の前にすると、長年押し込んできた闇よりも暗い感情が渦を巻いて心を、体を、五感を支配していく。
「本当にそっくりなんだなぁ!」
白い歯を見せて笑う十代が恨めしくて、ギリリと唇を噛んだ。痛くは無い。
金の瞳を見ても全く怯えない此奴は、なんとおめでたい頭の作りをしているのだろうか。いや、考えなしなだけか?
どちらにせよ、俺より知能は低い。これなら反逆を企てることも無さそうだ。
「なぁ、お前名前は何ていうんだ? あ、オレは十代!」
さっき名前呼んでたから知ってるか〜。とカラカラと笑む。
まるで薄い膜に覆われているような感覚だ。手を握りしめると、床に斑模様が出来た。
「ど、どうしたんだよ!? 手、怪我してるのか!?」
慌てた様子で、手を取る十代。その健康的で綺麗な手だ。それを撥ね退ける。
一瞬驚いた表情を浮かべたが、傷の有無を確認するためか、もう一度手を取ろうとしている。
偽善者だ、ただの偽善者で腸が煮えくり返りそうだ。
「名前だと?」
可笑しくて喉が鳴る。何を言っているんだこいつは。
十代の頬を何度も往復する。そっと、優しく、幾度も幾度も幾度も。
柔い肌にぬらりと光る赤が強烈なまでの色を添え、十代は驚愕に目を見開く。
「俺に名前など無いぞ?」
ギリギリと頬に爪を立てる。柔肌にはあっけない程爪が深く沈んだ。毛玉が喚き、主を助けようともがいているが黒を凝縮して現れたマリシャス・エッジにこちらへ近寄ることを阻まれている。
十代が口を開き、言葉を発しようとした。させない。どうせ他の精霊を呼ぶ算段なのだろう。スッと一本の筋を作り、立場が逆転したという事を知らしめる。
「……っ!!」
痛みに顔を歪めて、キッとこちらを睨んでくる。だが、無駄だ。度を過ぎた優越感に浸る。
嗚呼、支配者とは征服者とは! 斯様に心地が良い物なのか!!!
お前が俺を恨むのは筋違いも良い所だぞ? 恨むのであれば、自身の出生と両親を恨むが良い!
「だが……そうだな。名が無いというのは確かに不便ではあるな」
我が名を全ての民に知らしめる必要がある。余すことなく全員に。
爪を立てることをやめ、ふむ、と思考に浸る。
武力でもって世界を統一支配する。そう、我が名は。
「覇王」
誰も信じず、我が力のみを信じ、楯突くものや弱者は例外なく殺していく。そうして恐怖を、苦痛を、痛みを味あわせてやる。
何と相応しい名であろうか!!!
「……は、おう」
俺の言葉を反芻する十代に優しく笑いかける。殺すつもりは無い、と。
こいつだけは、死という生ぬるい方法での離脱は許さぬ。死と生の間を寿命尽きるまで彷徨わせてやる。
まずは、王と王妃を殺しに行くか。
嗚呼、これからの事を想像しただけで今まで暗い感情にしか反応しなかった心が愉快に弾む。
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この後、覇王様は王を殺害し、国を恐怖で包み友好国に精霊を引き連れて戦争を仕掛け、世界を征服。
十代は地下牢で監禁。でもどんな時でも強さと希望を捨てない十代に対し、いら立ちを覚え暴力を振るうのですが、次第に好意を持つようになっていくのです。
和解した後はひたすら過保護になり、双子の王として世界を元に戻していくのでした〜。
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