GX

□Smile for me
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 どんなに悩んでも、どんなに来るなと願っても、無情にも時間は流れる。休日は部屋に籠って一切外に出なかった。親も何も言ってこない。当たり前だ、夜遅くならないと帰ってこないのだから。オレの事なんて気にも留めていない。いつかそんなことを覇王に漏らすと「俺の家も同じだ」と言っていた。
 週初めの月曜日、即ち今日も課外がある。カレンダーの上では今日を除いて残りあと10回。でも、卒業式の練習やらで、きっとそれよりも回数は少ないはずだ。真っ白のなか、赤い自転車を走らせる。

「覇王、いるわけないよな……?」

 生真面目な覇王のことだ。もしかすると、いつも通り待っているかもしれない。今は会いたくないが、ずっと待たせるのは気が引ける。どうせ通り道だ、覗いてみよう。そう思い自転車から降りて駅前を覗くと、自分と似た容姿を持つ彼がいた。

「十代」
 
ベンチに座っていた彼はオレを見つけると、こちらへ歩み寄ってきた。

「おはよう、十代。今日も寒いな」

 やっぱり来ていた。この寒空の下で長時間待たせることが無くて良かったと安心した反面、どうしてここにいるんだという疑問が頭をちらつく。

「は、おう」
「さぁ、行こう」

 スタスタと先を行く覇王。状況が呑み込めない。どうしてそんなに普通でいられるんだ。

「十代?」

 いつまでたっても付いてこないオレを不審に思ったのか、くるりと振り返った覇王が不思議そうにこちらを見やる。

「あ〜……なんでもない」

 適当に誤魔化して、覇王の後を追う。
 カラカラと車輪が鳴る音と自動車の音だけの世界。

「……あのさ」
「何だ?」

 沈黙を破ったのはオレ。ちらりと覇王の方に目をやれば、優しく微笑んでいて直視できず俯いてしまった。
 心臓が煩い。まるで長距離を走った後の様にバクバクとリズムを刻んでいる。なんだこれ!?
 話しかけた以上、何か話さなければ。ごめん、その一言を言わなければ。

「あれだ、あれ。クッキー、美味かった。サンキュー」

 思っていた事とは全く別のことを口にしてしまった。傷つきたくないから、話題を逸らしている。卑怯な自分に反吐が出る。

「そうか、それは良かった」

 俯いていても、空気で分かる。また、笑ったんだ。前を向けない。
 結局その日一日、何も言えなかった。普通に勉強して、終わり。明日言おう。明日、明日、そう引き伸ばし続けて気が付けば最後の課外の日だった。

「今日こそ言うんだ」

 そう心に決めて待ち合わせ場所に向かうも、いざ覇王の顔を見ると何も言えなくなる。以前にも増して嬉しそうに、楽しそうに、そして何より幸せそうに笑う覇王を見ると、折角開いた口も直ぐに閉じてしまうのだ。休憩時間にも言おうと思った。でも、口をついて出るのは別の事ばかりで、終いには覇王も困ったように笑っていた。

「お疲れ様にゃあ」

 プリントを提出して、先生から後は卒業式を待つだけにゃあ、と言われてオレの一か月の課外は終了した。内緒ですよ、と先生は飴玉を手のひらに乗せてくれた。オレにはイチゴ味。覇王にはレモン味。口に含みながら帰路を辿る。
 コロコロと飴を転がすと甘い味がした。でも、あの覇王の作ってくれたクッキーのような甘さではない。勿論先生の優しさを感じることは出来る。でも、なんだか違う。胸いっぱいにならない。満たされない。
 覇王は時折こちらを伺っていたが、オレは何も言えなかった。
 そして、とうとう駅についてしまった。この駅での別れが最後のチャンスだ。きっと卒業式では言えないだろうから。

「十代、今までよく頑張ったな。」
「へ?」
 
 オレが言葉を発するより先に、覇王が口を開いた。何だか出鼻をくじかれたような気分だ。
 ポンポンと頭を撫でられる。

「今日で課外は終わりであろう? だから、良く頑張ったな」

 まるでクッキーを食べている時の、いや、それ以上の満たされた心地になる。暖かくて、でも心臓が煩くて。ずっとこうしていて欲しい、離れないでほしい。恥ずかしくて、地面しか見られない。

「それから、返事の事を気に病んでいるようだが」

 ハッとする。覇王が話を切り出してくれたこのタイミングなら、言えるはずだ。遠くでチャイムの音がした。

「覇王、オレ」
「もういいんだ」
「……へ?」

 もういいって、返事がか? 
 チャイムの音が鳴りやんで静寂が広がる。それとは裏腹に、オレの頭は混乱していた。
 
「この課外が終わるまでに返事をもらえなければ、諦めようと思っていたのだ。随分悩ませてしまったようで、すまなかった」

 温もりが遠ざかった。覇王は寂しげに笑っていた。そんな顔を見るのは2年間の付き合いで初めてで、胸に鋭い痛みが走る。

「それでは、卒業式に」

 ホームへと消えていく覇王をただ眺めるしかできない。覇王が撫でてくれた頭に手をやる。冷たい風にさらされたせいで、あの温もりを感じることは出来なかった。
それからの事は覚えていない。
 気が付けば、あの日の様に自室のベッドの上だった。冷たい。何でだ? そう不思議に思い、枕を触ると涙で濡れそぼっていて、使い物にならない程、ぐっしょりとしていた。どうやら延々と泣いていたようだ。起き上がって頬を触ると、まだ雫が流れている。散々泣いてすっきりしたかというと、全く逆で時間と共に胸の痛みは増していく。オレって、こんなに弱かったのか?

「なんで」

 こんなに辛いんだ。こんなに悲しいだ。
 覇王がもういいって言ったんだ。オレが望んだことを、覇王が口にした。覇王の望みだった変化することを彼自ら諦めた。これで良かったはずだ。友達として接していけないかもしれないけど。わだかまりは残ってしまうかもしれないけど。最悪、もう友達とすら思ってくれないかもしれないけど。きっと、これで良かった。
 そう思っている筈なのに、そう思えば思うほど、涙があふれてくる。
 望んでいた事なのに、何でこんなに悲しいのか。オレは、本当は何を望んでいたのか。

「……オレは、本当は覇王の事をどう思っているんだ?」

 一般論抜きで、覇王という一人の人間のことをどう思っているのか考える。未来も無しだ。ただ、純粋なオレの気持ちを知らなければならない。そうでなければ、ここで終ってしまう。覇王と会えなくなるのは、嫌だ。そこまで“これでいい”と諦められない。

「最初は、ただ笑わしてやろうと思っていただけだった」

 無表情を崩したくて一緒にいた。でも次第にそんなことはどうでもよくなっていった。覇王と一緒にいることが楽しくて、嬉しくて、心地よくて、安心できて。誰よりも信頼していた。覇王にも頼って欲しくなった。笑った顔が見られた時は、何だか幸せな気分になれた。胸が暖かくなった。ずっと笑っていてほしい、寂しそうな顔なんてして欲しくない。できるのならオレの手で笑わせてあげたい。笑顔を独占していたことに対して、周囲に優越感を抱いていた。ずっと隣にいて欲しい。不器用な優しさがくすぐったくて。覇王に似ているって言われた時は有頂天になって。課外の間も、覇王を独り占めしているみたいで幸せだった。満ち足りていた。

「これって」

 これが、好きという感情なのだろうか。
 好き、と口に出してみる。すると、ずっと靄がかかっていた視界が一気に晴れ渡ったように感じた。

「は、ははは」

 何だ。簡単な事だったんだ。オレは、覇王の事が好きなんだ。男とか女とか関係ない。覇王だから、好きになったんだ。そこに世間一般は関係ない。

「でも、もう遅い」

 覇王はもういいと言った。でも、それじゃいけない。伝えなきゃ後悔する。オレも覇王も幸せに離れない。そんな気がする。
 卒業式は明々後日の月曜日。きっと当日に伝える時間は無い。オレは放課後、部活の後輩から呼ばれている。覇王は帰宅部だからそれが無い。きっとHRの後別れを惜しむ面々を横目で見つつ帰宅するのだ。携帯のスケジュール画面を呼び出す。3月3日は卒業式、そこから視線を右にスライドさせる。4日、5日と順に見て行くと14日の所でピンと閃いた。

「そうだ、ホワイトデー」

 バレンタインのお返しも兼ねて、返事をしよう。電話で呼び出して伝えよう。
沈んでいた気持ちがわずかに上昇する。

「そうと決まれば、何を渡すか考えないと」

 覇王は気持ちのこもった手作りの菓子をくれた。なら、オレもそうするべきだ。幸い、料理は慣れている。

「でも菓子なんて作れんのか?」

 普通の料理、しかもそれ程手の込んでいないものしか作れない。
 菓子作りは難しいと聞く。分量を間違えただけで膨らまなかったり固まらなかったりするらしいではないか。

「それでも」

 自分の素直な気持ちを伝える為だ。やらねばならない。
 窓の外を見ると夕焼け空が広がっていた。



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