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□Smile for you-another ver.-
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 始めは、同じ苗字ですげぇ! と驚いただけだった。次にそれを周囲に言いふらした。でも、別にそこまで興味があったわけじゃない。どんな奴なんだろうと疑問に思った程度だった。無関心に近かったんだ。
 クラス替えの紙を見て教室に入る。ガラリと古びたドアを開けると、一斉に視線がこちらへと向く。それを適当に流して窓際の席に着いた。外の景色が良く見える上に、日当たりも良好。よく寝られそうだ、と大口を開けてあくびをした。筆記用具を机の上に出し、リュックを横のフックに掛け終わると、それを待っていたかのように水色の髪をした俺より小さい奴と、黒髪が声をかけてきた。

「アニキ! 今年も、というか卒業まで一緒ッスね!!」
「フン。また貴様と同じとは。頼むから面倒を起こすなよ」

 去年も同じクラスだった翔と万丈目。万丈目は何だかんだ言いつつ、いつも面倒を見てくれている。
 翔は、実の兄がいるのにオレの事を“アニキ”何て呼ぶからよく誤解を招いているのだ。

「おう、宜しくな〜!!」

 二カッと笑い、話題は担任の事へと変わる。名簿の上の担任と書いてある箇所に目をやると「大徳寺」とあった。大徳寺先生は去年オレたちの担任だったのだ。話に花を咲かせていると、教室のドアが開いた。オレを囲むようにして二人が立っているため、どんな奴が入って来たのか分からない。そいつがオレの後ろに腰を下ろした。オレの出席番号の後ろ、即ちこいつが遊城覇王。

「アニキってば、ちゃんと話聞いてる!?」
「へ? ああ、わりぃ。えーっと、ネオスがどうしたって?」
「もー! 違うッスよ! 万丈目くんが」

 後ろの席の奴は鞄をフックに掛け終えたらしい。話しかけるなら今だ。そう思ったオレは、翔が万丈目に対する文句を言っているのを聞かずに体を後ろへ向けた。

「なぁなぁ。お前、覇王って言うんだろ?」
「……ああ」

 それが初めて覇王と交わした言葉だった。ビックリするくらいにオレと似ていた顔は無愛想で、笑顔何て欠片もない。オレに対する無関心が見て取れた。それが何だか悔しくて。どうにかして笑わしてやろうと躍起になって、頻繁に声を掛けた。翔たちには「彼には良くない噂が多いから、あまり声を掛けない方が良いッスよ」と散々言われたが、そんなことどうでもよかった。どうしてもあの無表情を崩してやりたかったのだ。最初はそれだけの軽い気持ちで一緒にいた。
 でも、段々とそうじゃなくなっていった。覇王といるのが楽しくて。似たようなことを考えるのが多くて、下心なしで「一緒にいたい」と思うようになっていったのだ。
 
「オレ、翔や万丈目といるのも好きだけどさ。それ以上に覇王といるのが好きだなぁ。何ていうか……安心すんだよ」

 唐突の言葉に、覇王は驚いていた。それはもう、金色の目を大きく見開いて。それだけでも珍しかったのに、次の瞬間覇王はふわりと笑った。

「お、覇王が笑ってる!」

 薄く積もった雪がそっと溶けるように。薄くだが、とても嬉しそうに覇王は笑っていた。

「笑っている……だと?」

 頬を触っているが、自分では分からないらしい。そうだ、鏡! と閃いたが、次の瞬間には落胆に変わる。生憎女子のように鏡は常備していないのだ。鏡の代わりになるものを探すため周囲を見渡すが何もない。そこで思いつく。オレが覇王の鏡になればいいんだ。

「そう。こんな風に」

 いつもは決してしない笑い方だ。覇王に伝わったのだろうか。目の前の覇王は、オレの顔を呆然と眺めていた。

「やっと、笑ってくれたな」

 なんだか嬉しくなって覇王の真似を止めていつもの様に、いや、いつも以上に笑った。
 最初はただ、表情を崩すことが目的だったのに。今ではやっと本当の覇王を見られたように思えて、とても幸せだった。笑顔は連鎖する。だから、覇王を笑わせるためには、オレが覇王と本当の意味で友達になって時間を共有しなくちゃいけなかったんだ。だから、今こんなにも嬉しい。


 
 そして、季節は廻り高校3年の冬。学年末試験が終わり、ホッと安心したのもつかの間、先生に呼び出されたオレは「2月も学校に来るように」と言われた。テストの成績が総じて悪いのは知っていた。話によると、どうやらいくつか単位を落としているらしい。良く屋上でサボっていたのが悪かったのか、と今更ではあるが反省した。

「先生にはもうお手上げにゃ。覇王くんに勉強を見てもらって下さいにゃあ」

 先生が用意した課題を毎日提出すれば、単位を認定してくれるようだ。学校としても、留年させたくなかったのだろう。だから、こうして救済策を出してくれている。
 自宅学習に入って既に一週間。覇王は毎日オレに付き合ってくれた。覇王はオレと違って真面目で頭も良い。先生から頼まれて、断れなかったのだろう。何だか申し訳なく思う。

「覇王まで付いてこなくていいのに。こんなことに付き合わされて迷惑だろ?」

 駅で待ち合わせをして、遅めの登校をする。真っ赤な自転車は白の中では酷く目立っていた。昨晩から降り出した雪は、一晩中降り続いたらしく一面を真っ白な景色に塗り替えていた。課題が終わったら覇王と雪だるまを作ろう、そう思うとワクワクしてやる気が出てくる。

「いつも言っているが、迷惑ではない。むしろ、残り少ない高校生活をお前と共に過ごすことが出来て嬉しいのだ」

 あの日から、覇王はオレの前で良く笑うようになった。他の奴らの前だと相変わらずの無表情である。それに対して優越感を抱いている自分が不思議で仕方がない。
 今も、薄らと笑っていた。

「覇王、サンキューな」

 そう言うとまた笑った。なんて綺麗に笑うのだろうか。
 校門をくぐり、駐輪場に向かう。

「ん? 何か甘い匂いしねぇ?」

 家庭科室からだろう。甘いチョコの匂いが辺りに漂っていた。

「これは……チョコレートの匂いか」
「みてえだな。今日はバレンタインだからなぁ」

 女子が作るのは分かる。でも一緒に作らされる男の事を考えると、ついつい手を合わせたくなってしまう。ご愁傷様。

「ちょっとかわいそうだよな」

 苦笑いしつつそう言うと、覇王も神妙にうなずいた。そういえば、去年の覇王は凄かった。それを言うと、「思い出したくない」と渋い顔を返される。あれはまさにマンガのような出来事だった。
 談笑をしながら教室に向かう。
 ドアを開けると既に先生が中で待っていた。何時からいたのだろか。その先生は今日する課題を指して、とっとと職員室に戻っていってしまった。無責任なのか、放任主義なのか分からない。だが、オレはそんな大徳寺先生の事が好きだ。
 課題のプリントは生物。単元の欄に「遺伝子」と印刷されている。やる気が一気にそがれてしまった。この単元に入る前、「遺伝は一度躓くと全く分からなくなる。逆に一度理解すると後は簡単に解ける」と脅されていた。オレは案の定躓いて、結局最後まで理解が出来なかったのだ。しかし覇王は涼しい顔をして、昼前には帰れると言った。

「ぜってぇ無理だって!」

 プリントを手に取ってパラパラ捲るがさっぱり分からない。用語も一切浮かばない。絶望したオレは机に突っ伏した。上から覇王のため息が聞こえる。

「十代」

 肩を揺すられた。でも、やる気になっていただけ、その落差が激しい。
 髪を触られた。優しく優しく触れてきて、何だか不思議な気分になる。

「覇王?」

 顔を上げると、目の前に覇王がいた。当たり前だ。小さく笑った彼。間近でみたその表情は、いつもと違う。

「どうしたんだ、覇王」

 いつもはオレに触って来ないのに。ちょっと寂しいと思っていたけど、でも仕方ないと諦めていた。だから心底疑問だ。何で?

「いや、なんでもない」

 その疑問の答えは返ってこなかった。
 諦めてプリントに手を伸ばす。相変わらず分からない事だらけだけど、覇王がいるから大丈夫だろう。
 机に噛り付くこと1時間と少し。そろそろ集中力も切れてきた。その上喉はカラカラだ。自販機に行くことを覇王に提案すると、少しの間の後、分かったと立ちあがった。
 教えてくれているお礼にと、覇王にカフェオレを奢った。安すぎる礼かもしれないが、バイトを禁じられている為、金欠なのだ。オレもホットレモンを買って、並んで教室に帰った。何でもないことを話す。何でもないこの時間が一番好きだ。

「さて、ラストスパートといきますか!」
「その前に、十代」

 オレの好きだった時間は、空気は覇王の起こした小さな動作によって全て崩れ去った。
 鞄から取り出した小さな袋をオレに差し出す。

「なんだぁ、これ?」

 英字新聞のような袋。口はシールで留められているだけの簡単なラッピング。

「バレンタインのチョコレートだ」

 思考が停止する。という事は、これ、覇王の手作りか? 何でだ?

「あ、友チョコってやつ? わりぃ、オレ準備してな」
「違う」

 バッサリと切られた。それはもう見事に。覇王の顔は真剣そのもので、口が開けない。何だか、耳を塞ぎたくなった。聴いてはいけない。聴かない方が良い。そんな気がして。

「俺は、お前が好きだ」
「嘘、だろ?」

 案の定だ。聴かない方が幸せだった。頼むから嘘だと言ってくれ。今なら間に合うから。聞かなかったことにできるから。頼む。

「嘘ではない。お前の事が好きなんだ」

 オレは沈黙するしかなかった。友達としか思っていなかった覇王からの告白。拒否すれば、間違いなく覇王はオレの傍から離れてしまう。だからと言って、簡単に受け入れるのも違う気がする。動けない。

「プリントの続きに取り掛かろう」

 覇王自ら返事を聞くことを諦めた。ごめん、ごめんな覇王。何でもない顔してるけどお前も精一杯の勇気を出してるんだよな。オレは卑怯だ。変わることを望んでいない。ずっとこのままが良い。だから、覇王の期待には応えられない。
 罪悪感に駆られながら、プリントを進める。覇王は解き終わるまでずっとオレを見ていた。
 オレには永遠に感じられたその時間は、時間にして30分程しか経っていなかったようだ。課題を提出するために、教室から出る準備をする。チョコ、どうしよう。置いておくのも覇王に申し訳ない。少し考えた結果、それが潰れてしまわないようにスペースを空けて、リュックにそっとしまい込んだ。
 プリントを提出して、下校する。帰りはお互いだんまりだ。登校中はあんなに楽しみにしていた放課後だったのに、今はこんなに重い空気で沈黙が痛い。こんなこと初めてだ。たった数時間前のことなのに遠く感じる。
 何か喋ろうにも、そういう雰囲気ではない。答えを出そうにも、出せない。だから、結局は開いた口も閉じるしかなかった。

「じゃあ……」

 いつも別れる駅。そこで逃げるように別れを告げた。いや、実際逃げていたんだ、覇王から。覇王の想いから。

「十代、嘘ではないからな」

 知ってる。覇王はそんな嘘は絶対に吐かないってことくらい。だからこそ、怖い。

「あれは、俺の正直な気持ちだ。嘘偽りのない、俺の。それだけは覚えておいて欲しい」
「……うん」

 小さく返事をして、自転車に跨った。オレは、覇王の事を友達だと思っていた。今だって。だからこそ答えが出せない。いや、答えは出ているのか? それも分からない。ましてや男同士だ。恋愛感情何て普通、起きる筈が無い。となると、断るということになるのだろうか。



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