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□Smile for you
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 始めは、同じ苗字で珍しいと思っただけだった。結城ではなく遊城。お互い、きっと教師には面倒がられた名前だろう。その程度だった。
 クラス替えの紙を見て、指定された教室に向かうと件の遊城がいた。窓側の席の後ろから二番目に陣とっている遊城は、既に数人の友人と談笑を交わしていたようである。
 顔は鏡で映したかのように似通っているが、どうやら自分とは正反対な性格のようだ。出席番号は、俺が一番最後。名前のよく似た二人が番号になると前後になるのは必然である。遊城の後ろの席に腰を下ろした。
 鞄から本を取り出して続きを読もうと開いた瞬間に、唐突に声が掛けられる。

「なぁなぁ。お前、覇王っていうんだろ?」
「……ああ」

 それが十代と初めて交わした言葉だった。今にして思えば、何と無愛想な受け答えだったのだろうか。ただあの頃は、十代の事が心底どうでもよかったのだ。
 それからという物の、何かある度に、いや、何もなくとも十代は必要以上にオレと共に居たがった。体育のチーム分け、弁当を食べる時、グループ発表、数えだしたらキリが無い程一年中共に過ごしていた。十代の真意など、知る由もない。ただ、次第にそれが嬉しくなり、胸が暖かくなったのを覚えている。ある時、それが顕著に表れたことが有った。

「お、覇王が笑ってる!」

 別に全く笑わないという事ではない。ただ、感情に鈍く周囲の事に興味が無いから、他人より喜怒哀楽が薄いのだ。だから、そう言われて俺自身驚いた。

「笑っている……だと?」

 頬を触るが自分ではわからない。当たり前だ。
 すると十代は薄く微笑んだ。何時も大袈裟なくらい表情に出す十代が、控えめな顔で笑っている。その意図が掴めずに瞬きを繰り返す。

「そう。こんな風に」

 ああ、そうか。そんなふうな顔をしていたのか。なんて幸せそうなんだ。
 自分が自分ではないようで、でも不思議とそれに対し不快感は無く寧ろ幸福に満ち溢れている。

「やっと、笑ってくれたな」

 十代はいつもと同じように、いや、それ以上に嬉しそうに笑っていた。まるで満足だと言わんばかりに。
 その笑顔は、今までに見たどの笑顔よりも清々しく、美しく、印象に残るもので、胸が大きく弾んだ。その時、ぼんやりと気が付いてしまった。十代に恋をしているのだと。そう考えれば、何故自分が十代と共に居たいと思ったのか、何故嬉しく感じたのか、全てに説明が付く。



 そして、季節は廻り高校3年の冬。2月は通常自宅学習期間で3年は休みのはずだが、十代は学年末試験の成績が芳しくなかったようで毎日特別講義を受けに学校へ行っていた。

「覇王まで付いてこなくていいのに。こんなことに付き合わされて迷惑だろ?」

 朝、いつも通り学校の最寄駅で待ち合わせをして少し遅めの登校をする。十代は真っ赤な自転車をカラカラと押していた。
 白い地面に車輪の跡と足跡が付く。

「いつも言っているが、迷惑ではない。むしろ、残り少ない高校生活をお前と共に過ごすことが出来て嬉しいのだ」

 あの日から、十代の前では良く笑うようになったと思う。今も、自分でもわかるほどに酷く幸せな顔をしている。
 担任から、「覇王くん、ちょっと良いですかにゃ」と呼びとめられたテスト明けの翌々日。何かと思って話を聞くと、十代の成績に関することだった。
 「先生ではもう無理ですにゃ。プリントを課題として出すので、それを十代くんに教えてあげて欲しいのにゃ」と、教師が匙を投げるほどの怠惰っぷりを発揮した十代に一対一で勉強を教えてやれという事だった。勿論、二つ返事で了承した。

「覇王、サンキューな」

 その言葉に薄く笑みを返す。
 自転車を停める十代について駐輪場に向かう。葉が全て落ちてしまっている銀杏並木を通り過ぎて、体育館の裏へ回る。そこから少し進んだ所に特別教室が集まる棟が有る。その裏に駐輪場は作られていた。

「ん? なんか甘い匂いしねぇ?」

 そう言われて匂いを嗅ぐと、なるほど微かに甘い香りが漂っている。どこかのクラスが調理実習中なのだろう。

「これは……チョコレートの匂いか」
「みてえだな。今日はバレンタインだからなぁ」

 女子は良いとして、男子も一緒にバレンタインの菓子作りとは。それを口に出すと、十代も同じことを考えていたようで「ちょっとかわいそうだよな」と苦笑いを溢していた。

「そういや、去年は覇王めちゃくちゃチョコ貰ってたよな!」
「……思い出したくない」

 何故か去年はチョコを大量に渡された。まず、朝行くと机の上に山のように積みあがった箱。ロッカーを開けるとカラフルな雪崩が起き、休み時間は女子に囲まれた。靴箱が無いのが救いだ。
 ザクザクと白に足跡を付ける。

「きっと、みんな覇王の笑顔にやられたんだって!」
「む……。そんなことは無いだろう」

 手紙が添えられている物に目を通していると「踏んでください」だの「罵ってください」という趣旨のものが多かったように思う。気持ちが悪くなり全て処分したが。
 教室のドアに手を掛けると、既に担任がいた。

「今日はそのプリントをしてくださいにゃ。先生は職員室にいるので終わったら提出しに来てくださいね」
「うぇぇ」

 今日の課外は生物だった。内容は遺伝子の単元を纏めたもの。ホチキスで留められたプリントは3枚で裏は無く、表面だけ刷られていた。

「十代、大丈夫だ。昼前には帰れるぞ」

 ざっと目を通した限りでは初めの一枚が用語確認。これは教科書を見ればすぐに埋まるだろう。
 問題は二枚目からだ。花の色が遺伝する確率や組み換え等、コツをつかむ必要な問題ばかりが提示されていた。

「ぜってぇ無理だって!」

 同じように捲っていた十代は、早くも音をあげていた。しかも既に去った担任に対し呪詛を吐いている。
 プリントを適当な机の所に放って自分の机に突っ伏した。

「あー無理、ぜってぇ無理」

 くぐもって聞こえづらいが、ひたすらそのようなことを言っていた。
 ため息を吐きつつ、プリントを回収し十代の席の前に座る。

「十代」

 肩を揺する。反応は無い。それをいいことに、髪に触れる。自分と同じ髪質だが、なぜか十代の方が柔らかく感じる。さらりとした髪。

「覇王?」

 そこで漸く顔をあげた十代に小さく笑いかける。どんぐり色の目を丸く見開き、きょとんと小首を傾げる様が愛おしい。

「どうしたんだ、覇王」

 いつもは十代に触れることは無い。十代は良く不意打ちで触れてくるのだが、それがまた心臓に悪くて仕方がない。
 嬉しいのと同時に、緊張してしまい無表情に拍車をかけていることは明らかだ。十代でなければ、とっくに愛想を尽かされていただろう。

「いや、なんでもない」

 もし、自分から触れて嫌がられたら? 嫌われたら? 拒絶されたら? そう思うと、伸ばしかけた手は自然に垂れる。
 だが、今日は違う。覚悟を決めてきたのだ。どのような結果が返ってこようと、受け止める。

「仕方ないから、プリントするかぁ」

 十代はリュックからペンと教科書を取り出し問題を解いていく。
 それを横目で見つつ、俺は二枚目以降の問題に取りかかることにした。
 静かな教室にペンを走らす音だけが響く。だが順調に書き進んでいた音は、ある時を境にふっつりと途絶えた。

「十代?」
「はおー、これ全くわかんねぇ」

 どうやら二枚目に進んでいたらしい。一番初めの問いは丸としわの豆を交配させて、というもの。まずはメンデルの法則について説明をしてから問題を一緒に解いていく。
 何度も説明し、要領を得たのか、すらすらと解きはじめる。理解するまでが長いが、一度飲み込んでしまうと、応用も解いてしまうので後はミスが無いかを見ているだけで良い。
 十代の弱点、「分かるまで粘るのが面倒だから勉強をしない」という事は、友人として付き合いだしてすぐに分かった。だからこそ勿体無いと思う。

「わりぃ。ここもわかんねぇ」

 そう言われて問題に目を通し、解説していく。時折首を傾げながらも理解しようとする姿勢が窺えた。
 ペンをゆっくりと走らせ、唸りながらも解き、二枚目が終了した。

「覇王、喉渇いたから自販行こうぜ!」

 ぐぐっと伸びをする十代。
 確かに暖房が入っているため空気が乾燥してしまっている。その上喋り通しだった為喉はカラカラだ。それに少し休憩をはさんだ方が、効率よく進むだろう。

「分かった」
「やった! 教えてくれたお礼に、ジュース奢る! 何が良い!?」

 鞄から財布を取り出しかけていたが、その言葉を聞いて仕舞い直す。そうだな、と少し思案して「見てから決める」と返した。
 廊下に出ると、ひんやりとした空気が体温を一気に奪って行った。十代はそのようなことも意に介さず、楽しそうに鼻歌を歌っている。
 自販機は外に3台、2階の渡り廊下手前に2台設置されている。渡り廊下の方の自販機の方が種類は少ないものの安価で、良く品切れになっていた。今日はまだ、どれも残っている。

「どれにしようかなー」

 自販機と睨めっこをしている十代。幼い仕草だが、彼にはとても似合っている。

「覇王は決まったか?」

 くるりと後ろに向き直り、問うてくる。

「カフェオレのホット」
「りょーかーい」

 硬貨を入れ、ボタンを押すとガコンという音と共に商品が落下してきた。それを十代から受け取り、礼を述べてから口に運ぶ。
 温かさと、暖かさ。そして甘さに幸せな心地になる。

「オレは、ホットレモンにしよう!」
 
 
 てっきり甘い物、ココアでも選ぶのかと思っていただけに意外だった。いつも十代はココアかヨーグルト、イチゴ牛乳あたりを好んで飲んでいる。

「珍しいな、十代がホットレモンなど」
「まぁな! 勉強したら頭こんがらがってきて、酸っぱいものが欲しくなってさ」

 ケラケラと笑いながら、十代もボトルのキャップを空け豪快に飲む。

「ぷっはー! 酸っぱくて頭がすっきりする」
「そうか」

 それは良かったな、というと満面の笑みで頷いた。俺がこれからいう事でその表情を曇らせるのかと思うと、罪悪感が湧く。しかし、高校を卒業してしまってからでは告白のタイミングが無い。
 教室に戻り、談笑をする。10分間の休憩。

「さて、ラストスパートといきますか!」
「その前に、十代」

 鞄から袋を取り出し、十代に渡す。英字新聞のような紙袋に、口をシールで留めているだけの簡素なラッピング。しかし、これを決めるのにも散々迷ったのだ。
 ラッピングの種類は実に多様である。箱にするのか袋にするのか。リボンを掛けるのか縛るのか、はたまたシールを貼るのか。用紙のプリントは? マチは? 油染みしないか?
 その中から菓子が入れられる大きさや菓子自体の雰囲気を考慮して、気にいる物を見つけなければならない。無地では味気ないし、ファンシーな柄は似合わない。

「なんだぁ、これ?」
 
 
 しげしげと観察する十代。
 俺がこれからいう事は、お前を苦しめるだろう。悩ませるだろう。しかし、それを許してほしい。そしてどうか、否定せずに聞いて欲しい。

「バレンタインのチョコレートだ」

 夜中にこっそりと作ったそれ。甘い物が好きな十代に合わせて作った、とびきりのチョコレート菓子。

「あ、友チョコってやつ? わりぃ、オレ準備してな」
「違う」

 はえ? と嬉しそうな顔のまま停止している。空調の音も止み、体育の掛け声も止まる。

「俺は、お前が好きだ」

 全てが停止した世界で告げた想い。鳥のさえずりも秒針の音もしない。

「嘘、だろ?」
「嘘ではない。お前の事が好きなんだ」
「……」

 しばらくの沈黙。肯定の言葉は無い。しかし、否定の言葉もない。俯いてしまった十代の表情は分からない。絶望しているのだろうか。泣いているのだろうか。それとも。
 どれだけ待っても返事は無い。いきなり告白されても困るものなのかもしれない。考える時間が必要なのかもしれない。そう思った俺は答えを諦めて、本来の目的を進めることにする。

「プリントの続きに取り掛かろう」

 その後は、ただ静かに時間が過ぎて行った。問題について聞かれることもなく、ただただ十代を見守っていた。
 そうしている事30分強。プリントも無事解き終わり、空調を消して教室を後にする。
 幸いなことに、チョコは十代が受け取ってくれた。解いている間中、机の片隅に置かれていたそれを、帰る間際リュックに入れていたのを知っている。
 職員室に寄りプリントを提出し、下校する。
 帰り道はお互い黙っていた。俺は喋るべきでないと判断し、十代は時折何か言いたそうに口を開いていたが直ぐに閉じていた。その繰り返しで、気が付けば駅だった。

「じゃあ……」


 そそくさと逃げるように去ろうとする十代。それを呼び止める。

「十代、嘘ではないからな」
「……」
「あれは、俺の正直な気持ちだ。嘘偽りのない、俺の。それだけは覚えておいて欲しい」
「……うん」

 小さく返事をしたことに満足した俺は、自転車に跨った十代を引き留めず、その後ろ姿を見送った。
 やはり、受け入れられないのだろうか。気持ち悪いと思われたのだろうか。でも、知っていてほしかった。結局は単なるエゴで十代を困らせている。これで良かったのだろうか。告げない方が良かったのではないのだろうか。
 言ってしまってから後悔の波が寄せては返しする。
 電車がホームに滑り込んできた。明日、十代に会うのが怖い。
 十代がくれたカフェオレをギュッと握りしめた。先程まで心も体も温めてくれたそれは、ひどく冷たかった。




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受験番号110、遊城十代! セーフだよね!

……セーフどころか大遅刻をかましてしまいました。初めはヨハ十で、チョコを大量にもらうヨハンとそれに嫉妬するほのぼのを書く予定だったのです。が、クリスマスにヨハ二十だったので、覇十に変更しました。覇王様視点、難しい。
この続きは、ホワイトデーに上げる予定です。


 

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