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□Dear You
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12月最後の講義が終わるや否や、十代はヨハンに手を引かれて講義棟を後にした。今日は12月24日。本来なら既に冬休みだが、2回休講になった為、午後からの時間を使い補講の時間となっていた。
時刻は陽も傾き始めた4時30分。この講義はいつも1時間くらいで終了となる。最初の3コマ目にあたる時間は珍しくきっちり講義を行ったが、4コマ目は普段の通り1時間で終った。
講義から解放された途端に、明日から冬休み、と浮かれながら教室を出て行った学生はとても多い。
「おい、ヨハン。どこに行くんだよ」
手を引かれ、されるがままだった十代が校舎の外に出て初めて口を開いた。その声は憮然としていて不機嫌という事が良く分かる。
しかし、高校生からの付き合いのヨハンはそれにも怯まずに心底楽しそうに歩いている。
「ヨハン、周りの奴らがこっち見てるぜ」
だから手を離せと、珍しく頬を染めながら言う十代。そのことを気配で感じ取ったヨハンは益々期限を良くして「やーだね」と鼻歌まで歌い始めた。
体裁が悪くなった十代は顔を赤くしたまま俯いてヨハンに大人しくついて行きながら、心の中で罵詈雑言を浴びせる。
「ほら、こっち」
手を引かれて、言われるがままに棟に入る。
そこは文学部の教授たちや小さな講義室がある、研究棟だった。
理工学部の十代には馴染みがないが、文学部のヨハンは毎日のようにここで少人数の講義やゼミを受けている。
「中って、こうなってたんだな」
そこで初めて十代は顔を上げた。新しい学部で校舎も綺麗な理工学部とは違い、こちらは随分と古びている。
「結構古いだろ? 耐震性とか大丈夫なのかって、いつも思う」
苦笑いを返し、エレベーターのボタンを押す。
このエレベーターもなかなかに古い。しかも扉が緑色で、中は狭い。いかにも幽霊が出そうな雰囲気だ。ひとりで乗る時はいつもビクビクする。
「ふーん……」
十代は、きょろきょろと忙しなく視線をあちらこちらにやっていた。学科紹介に、教授紹介、レポートボックスに事務室。ヨハンには見慣れた光景だが、十代にとっては珍しいものだった。
「ほら、来たぜ」
ガコン、と音がしながらエレベーターの扉が開いた。ふたりで乗ると少し圧迫感がある。
3階を押して、ドアを閉めた。そこで思い出したかのように十代の手を放す。
「ごめんな、無理やり引っ張って」
眉尻を下げて謝ると、十代は楽しそうに「全然大丈夫だぜ」と言った。
「それに、そんなヨハンがオレ好きだ」
さらりと述べられた言葉にヨハンが赤面する。外で手を繋いだだけで恥ずかしがる十代だが、なぜかこういう事はストレートに言葉にできるらしい。
「? ヨハン、大丈夫か?」
心配そうに顔を覗く十代に真っ赤な所を見られたくなくて、ギュッと抱きしめた。
「あー、もう。お前可愛すぎ」
「そんなこと言われたって嬉しくないんだからな」
ちょっと拗ねた声だったが、手はヨハンの背中に回されている。
微かな衝撃が足を通して響いた。どうやら目的の階に到着したらしい。
名残惜しげに互いから離れ、また手をつなぐ。今度は何も言わず、そっとヨハンの手を握り返した。
「此処だぜ」
ヨハンに轢かれるがまま歩いていると、ひとつのドアの前で立ち止まった。
ここに来るまでに沢山の部屋を通り過ぎてきた。ここは恐らく講義用の階なのだろう。
「資料室……?」
部屋に掲げられているプレートを読み上げる。
ドアに付いている覗き窓からは本棚に並べられた大量の本が見受けられた。
「そう。講義室とかの部屋って、講義が終わったら鍵が閉まるだろう?」
それはそうだ。盗難など万一の事がある。
ああ、とひとつ頷いて、ヨハンに先を促した。
「だけどな、この部屋は」
ドアノブを回すと、軽い音がして古書特有の匂いが鼻に着いた。不快ではない。
「鍵が壊れてるらしくてさ、入れるんだぜ」
とっておきの宝物を見せるように胸を張った。
「さぁ、どうぞ?」
高貴な女性を迎えるかのような仕草で十代を誘った。十代はくすぐったそうに笑って、本の世界に足を踏み入れた。
そっとドアを閉めて、十代を奥へ行くように促す。学生がここに入ってはいけない、という事は無いのだが暗黙の了解で誰も入る人はいない。
奥には大きな窓がある。ブラインドを開けると、日の光に照らされて、キラキラと埃が舞っていた。その窓の近くには小さな机が1つと、椅子が2つ追いやられるかのように設置されていた。恐らく過去に学生と教授が一対一で勉強を教えていたのだろう。薄らと誇りを被りながら、再び使われることを夢見てまどろんでいる。
「ん〜。流石に誇り被ってるから座れないな」
「そんなに長時間ここにいるのか?」
鞄から携帯を取り出して時間を確認する。十代もそれをちらりと覗き込んだ。
「あと1時間くらいかな?」
「そのくらいなら、立ちっぱなしでも大丈夫だぜ?」
それに安堵したヨハンは、これから何かを計画した時には絶対に下調べと準備を怠らないようにしようと密かに誓っていた。
「それにしても、本当何しに来たんだ?」
「あ〜。内緒」
「まさか資料探ししろとか言わないよな? オレ文学何てさっぱりだぞ」
「分かってるって」
窓に視線をやると、思った通り景色が一望できた。なかなかの眺めだ。
楽しみだ。そう小さく呟くと、十代は怪訝な顔を寄越した。
周囲が闇に包まれ始めた。明かりを点けようとした十代だが、ヨハンがそれを止めた。
「今日のヨハンは何がしたいんだ?」
それには何も答えず、十代をこちらに呼ぶ。
後1分。
「ったく、ヨハンいい加減に――」
文句を言っていた十代の動きが止まる。
部屋はブルーやグリーンの輝きに満ちていた。
二人が通っている大学はクリスマシシーズンになると、毎年イルミネーションをしている。この部屋は、丁度イルミネーションをしている所が一望できるのだ。
バスが止まるロータリーの中央にある大きなモミの木はクリスマスツリーへと変化し、その周囲を様々な色の氾濫が取り囲んでいる。天使の置物やサンタ、上から見る事で初めて分かったハートや星なんかもライトで表されていた。
「どうだ、十代」
「ヨハン、すっげー綺麗だ!」
先程の不機嫌は何処へやら、頬を紅潮させて窓にへばりついている。
外もきらきら。十代もきらきら。
いつもどこか冷めている十代だが、ヨハンにだけ見せる本当の彼。
「ありがとう、ヨハン!」
満面の笑顔の彼を見て、ひとつ咳払いをした。
「あー、十代。見せたいのはこれだけじゃないんだ」
鞄に手を入れて目的の物を探る。十代は小首を傾げながらヨハンの動向を眺めていた。
やがて、見つけたのか取り出した掌には小さな箱が乗っていた。
四角い箱を慎重に開けて、十代に差し出す。
「十代、卒業したら結婚してくれないか?」
「……は?」
シンプルな指輪。それは所謂婚約指輪というやつで。それを理解した途端に、十代の頬がリンゴのように真っ赤に染まった。
「絶対、お前の事幸せにするから」
こういう時、ヨハンは絶対に俯かない。いつでも全身全霊で相手に向かっていく。その姿勢が十代は好きだった。
「十代、」
「オレ何かでいいのか?」
「俺は、お前が良いんだ」
「絶対に迷惑ばっかりかけるぞ?」
「十代に掛けられるなら本望だ」
「オレと一緒になったら、後悔するかもしれないぞ?」
世間の目を気にしているのか、十代はなかなか頷かない。確かに好奇の目で見られることは避けられないだろう。だが、
「それでも、絶対に後悔なんかしない。十代しかいらない。十代が良いんだ」
琥珀の瞳から透明な雨が降ってきた。止め処なく溢れるそれは、本人の意志ではもはや止められないようだ。
「オレで、」
嗚咽を含んだ声だが、必死に笑顔を作ろうとしている。
「オレで良かったら」
精いっぱいの笑顔は、夏の向日葵のように、冬の日向のように暖かかった。
「オレをヨハンの奥さんにしてくれ」
そうして二人は光の祝福のなか、静かに口づけをかわした。
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2013年クリスマス小説でした。
アップがギリギリになってごめんなさい><
構想自体は少し前から有ったものの、実は半分くらい書いて没にして、書き直したのがこれだったりします。
指輪はこの後、ちゃんとヨハンの手によってはめられます。すっごい照れる二十代と爽やかイケメンなフリル。毎日ちゃんとしとけよ、何て言われて軽くパニックになる二十代ちゃんと満面の笑みなフリル。
ヨハ十よ、永遠なれ!
それでは、読んでくださってありがとうございました。メリークリスマス!
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