短編集

□G
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ぽいと投げた視線。
見えない釣糸に魚がかかった。
それを手繰り寄せるのに力なんて要らない。
ただ『来て』と私は目で呟いた。

そうすれば、ほら。

素直にこっちに近づいてくる一人の男。

「呼んだ?」

その第一声に背中がぞくりとした。
声質が最高だから、台詞はいまいちだけど合格。
私は舞台を移す事にした。

「時間ある?」
「君の為なーらね?」

決まり。

「じゃあ行きましょ」

さっさと私は歩き始めた。
すると景色が後ろへ下がる。
まるでフィルム。

ドラマか映画。

作り物の世界にいる気分。
虚像な場面を歩き流しながら、私は早速アヤシイホテルを発見した。

ここらへんには掃いて捨てる程あるホテル。
どこにしようか考えるのは面倒臭いから、ここでいいと。
そのハコの中へ入って行った時。

「君…仕事できるでしょ?」
「え?」

言われて私は振り返った。
ちゃんと着いてきている彼を。

「無駄が無いよね?」
「そう言えば貴方は無駄だらけそうね?」
「…ヒドイコトさらりと言うね」

おもしろいひと。

「なんで分かった?」
「そんなの、一度目を見れば分かるでしょう?」

聞かれて私は答えた。
ひとの本質なんて複雑に探る必要は無い。
ただ一度、目の奥を覗けば明白になる。
そこにある空気が匂う。

「ま、いーや。行こうか」

その匂いに。

興味を引かれるか引ひかれないか、それだけが私にとっては重要事項で。

「部屋もどれだっていいんでしょ?勝手に選ぶよ?」
「貴方も仕事は出来そうね?」

にっこり。
そこで初めて私たちは微笑み合った。
このひとの奥はカナリそそられる。
…どうでもいいことだけれど。

私は淋しがりやだから、一人じゃいられない時がある。

別に一人な訳じゃない。
私を愛してるらしいひとはいて、私も愛してる
多分。

「四階だよ」

自然に右手を握られて、彼の体温を感じながら私は小さなハコに入った。
するとすぐに扉がしまり、床が宙に浮く。

ホテルのエレベーターは宇宙船。
代わり映えの無い未知の世界に飛び立つ船。

普通の人間じゃ耐えられないGを身体に感じつつ、それでも私は他の惑星に行かなきゃいられない。

だって急に必要になる。
暖かい人肌に抱きしめられたくなるの。

忙しい彼、忙しい私。
大人なんて色んなものに追われて、色んなものを追いかけて。
暇さえあれば走り続けてるから、休むタイミングが合うことは稀(まれ)。

ずっとずっと側にいる。

君が一番大切なんだなんて、囁くひとは嘘つきかつまらない男。


‐カチャリ。


部屋のドアが開き私は我に返った。
ワープしたみたい。
このひとは有能な船長になれそう。

拾いものかしら?
…なんて。

性懲りもなく頭は考えてしまうけど心は笑う。
みんなおなじよ、また繰り返したければやってみれば?って。

と。

「シャワー浴びるかい?」

男が言った。

「貴方が望むなら」

返したら、さっきよりも小さなハコに押し込まれて。
二人じゃ真っ直ぐ立ってもいれない狭いバスルームの、バスタブの縁に当たって私の膝が曲がった。

理に叶い、どんどん小さくなっていくハコ。
そう。
二人に必要な空間はほんの少し。

「一緒に浴びよーか」
「いいけど、まずは脱がないと」

私に必要な時間もほんの少し。
数回イケれば…落ち着く心。

「じゃあ脱がしてあげる」

と、ブラウスのボタンに彼の指がかかった瞬間。
ふと。
思いついて私は聞いた。

「貴方は何て呼べば?」
「カカシ」




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