彼方戦記U
□雪の白 海の青
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白が全ての色を奪っている。そう思った。
街も白ければ山も白く、海もどことなく冷たく凍り付きそうな色をしている。
それは昨日から降っていたのだが、未だに降り止む気配はない。街にも大分積もっているだろうか。
冬は決して嫌いというわけではなかった。が、しかしやはり嫌な季節である。
寒さにより動作の鈍くなる事もあったが、もう一つのことの方が理由としては大きいだろう。
忌々しい記憶。
どんな時間が過ぎようとも、たとえ世界が変わろうとも、どうしたってそれを消すことはできない。
恨み骨髄に徹するという言葉が身に沁みる。
気づけば、憎悪はあまりにも深くなっていたのだ。
「加賀。そんな難しい顔して、どうしたのさ?」
ぽん、と肩を叩かれるのと同時に、弟ののんきな声がした。
加賀が振り返ると土佐は子供らしい笑顔をみせ、それから加賀の隣に座る。
「加賀はいつも難しい顔とか、困ったような顔とか、そんな顔ばっかりしてる」
少しむすっとした表情をして、土佐は呟いた。
そうなのか、と加賀は思う。
全く気付いていなかった。
……そういえば、昔似たような事を赤城にも言われた気がする。
“加賀は、つまらなそうな顔ばっかりしてるよね。暗い顔とか、怒った顔とか、困ったような顔とか。しかもそれだって表情あんまし動かさないしさ”
未だに私はそんなに暗いのか、と、加賀は思わず苦笑してしまう。
苦笑する加賀を見た土佐が、不思議そうに首を傾げた。
「いや……昔、赤城に言われた事を思い出してな」
「赤城に?」
「ああ」
赤城に言われた事かー、と土佐が楽しそうに笑った。
「じゃあ、昔の加賀も今の加賀と同じなんだね」
成る程、と一人で納得したような仕種をする様子に、加賀は半ば呆れるようなため息をつく。
半分は土佐の仕種に、半分は自分自身に対してである。
同じというのは成長していないという事だ。恥ずかしいことこの上ない。
そんなこととは露知らず、昔の加賀も見てみたかったなー、と、土佐は冗談と願望の混ざったような調子で呟いた。
「当時からお前にいられたら、私の安息はどうなる」
「あ、酷いなぁ」
ボクはそんな問題児じゃないよと言ってはいるが、どうにも中身の幼い赤城や加古との親和性から判断すれば、当時も似た環境になっていた可能性は高いと容易に推測出来る。
現在と同様の状況とはならないだろうが、天城もいないのだから、仮に土佐がいた場合に大変なのは主に加賀と古鷹ということになる。
それでも、確かに加賀は土佐にいてほしかったとも思っていた。いや、正確にはそれは少し違う。
・・・・・・・・・・・
加賀は土佐が生きるべきだったと考えていた。
自分が生きる事を放棄してでも、土佐に生きて欲しいと思っていた。しかし、叶えられる事はなく、生かされたのは自分であった。
誕生した兄弟二人へ下されたのは、条約を理由とする廃棄。
せめて弟だけでも、と加賀は訴えたが当然受け入れられる事はなく。そして、生まれる前に関東大震災で致命傷を負って廃棄された天城の代理として加賀が選ばれたことは、もはや彼にとって最悪としか言いようがない。
空母へと改造される事は、当時戦艦としての誇りを抱いていた彼にはどこか屈辱でもあり苦痛であったが、それでも弟を失う事の方がより一層の苦痛であった。
何とかしてそれを回避しようと、あらゆる策を巡らしたが、それが報われる事はなかった。
土佐は殺された。
解体されたのではない。
研究の名の下に、殺された。
加賀はどうしても、その考えを捨て切れない。
新型砲弾と防御の研究。必要な事だとはわかっていた。
だが、“生きたい”と叫んだ弟の姿は、脳裏に焼き付いて離れない。
殺した張本人は、いつもの無表情のまま、国の役に立つことが出来るのだから幸せだろうといっていた。それがさらに腹立たしかった。
貴様はあいつを助けておきながら、またその弟であるはずの、私の弟を見殺しにするのか。
そう怒りをぶつけても、彼は主張を変えることはなかった。今もまだ、彼とのわだかまりは解消されてはいない。
「でもまぁ、今こうやって加賀と一緒にいられるからいいや」
ふと土佐の言葉が耳に入り、現実に引き戻された。
加賀もそう思うでしょ? と土佐が笑う。
何故。
何故、この弟はこんなにも強いのだろうか。
お前は、生まれて間もなく殺されたのに。
自分は何年も、恨みに囚われているのに。
「……ねぇ、加賀」
とん、と加賀に温かみを帯びた土佐の身体がもたれかかってきた。
「加賀も同じだよね?」
一抹の不安を帯びたその声は、振り返らずともその表情がわかるかのようだった。
「馬鹿だな、お前は。当たり前だろう」
よかった、と後ろで土佐が呟いた気がした。
雪はまだ、降り止む気配を見せない。