彼方戦記U


□のどかな夜 その2
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「こんな時間だぞ」

深夜二時を回ろうかという頃。最上の疑問はもっともだった。

「なんとあるんだな」

不定期にひっそりと暖簾を掲げる、夜戦のあとに寄りたい場所。
ランニング中に今日の開店を確認済みだ。時間も確認したから間違いない。
店主を思えば知らないことは少し意外だが、趣味ならわざわざ喧伝する必要もないのだろう。
三隈が前に言った店行こうぜ、と笑えば、仕方がないかという様子で最上が重い腰をあげた。


夜間の冷え込みはそろそろ厳しいもので、このあたりも近いうちに、吐いた息が白くなるだろう。
にもかかわらず、最上の防寒具は乱雑に巻かれたマフラーのみだ。これもまた特性にかまけやすい彼らの特徴だが。

「よく行くのか」

道中暇をもて余したらしい最上が軽く疑問を投げた。

「まー、たまにだな」

どちらかというと開店しているほうが珍しいとはいえ、毎回行くかと言われたら答えはNOだ。基本的には持ち合わせた財布の中身と相談になる。味に対して良心的すぎると言って過言でない安さをしてなお支払いに問題がちらつくほどに財布の異様に軽い原因は、主に三隈が散財気味であることなのだが。

「相変わらずか」

最上にはしっかり把握されている。
給料を前借りすることが未だそれなりの頻度で起きてしまうので、ばれるのも当然といえばそうなのだが。

「ほら着いたぞ」

話をそらすように三隈がいう。
ひっそりと暖簾を掲げた、目当ての場所。

「よう、滑り込めたか?」
「ああ、まだ余裕が」

“店主”は三隈の後ろにいた客を視認して、言葉を最後まで紡がず固まった。
それは最上も同じ。暖簾を潜ろうとしたまま店主を見据えて、驚嘆の色を浮かべている。

「川内?」

ぽかんとした顔のまま、最上が声を出した。川内が頷く。互いに予想外だったがゆえに、不自然なやり取りが成立する。
最上と三隈のほかに客の姿もないせいで、余計によくわからない空気が長く漂った気もする。

「知らなかった」
「教えていない」
「もう少し自然な会話しようぜ」

呆れ果てたような三隈の声がやり取りに挟まった。

「そんな驚くとこなのか? 川内が料理上手いの知ってるだろ」
「店を開くのはまた話が別だろ」
「あ、こいつ今日食ってないらしいからそのあたりよろしく頼むぜ。予算は……」
「わかっている」

最上をカウンター席に座らせながら勝手に注文。川内は反論を待たず作業に入る。もはや最上は何かを言うのも躊躇われ、ポケットに捩じ込まれた財布の中身は、少なくとも三隈よりは余裕があるよなと記憶を手繰る。
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