彼方戦記U


□天の川映える夏の夜
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見上げた夜空に、美しい星の帯が横たわる。天の川だ。
夜間統制の必要もなくなって夜にも光の増えた近頃は夜も明るく、それに伴い天の川も見辛くなっているが、まだ夏の夜空を辿るのに苦労があるほどではない。南方のまだ明かりの少ない場所にいけば、より荘厳に天球を彩る姿を見せてくれるのも事実ではあるが。

「壮観だな」

微動だにせずひたすら空を眺めていた大和の耳に、弟の声が届いた。
そうだな、と頷く大和の視線は天球から動かない。
やれやれとため息をついて隣にやってきた武蔵が、大和に倣い視線を空へと移し、ポツポツと星の名を辿る。

美しき天の道標を読み解くことは、船乗りの基本的技能として武蔵も会得していた。が、今、大和が夜空を見上げているのは天測のためではない。ただその壮大で途方もない宇宙に思いを馳せているだけだ。
そのことは武蔵も承知しているだろう。

なんとなく大和の真似をしてみようにも、物語を伴う天空の絵巻物を楽しむには些か知識不足の武蔵には、かつて大和の話していた星に纏わる物語を、星座とそれを構成する星々の名を呼ぶことで思い出そうとしているようだった。新月のためか、いつになく美しく星の見える夜だ。普段は月明かりに隠れてしまうような微かな光さえ観測でき、星座をより鮮明な姿で浮かばせている。むしろ鮮明すぎてややこしいほどに。

天体観測のためのあれこれを持ち込むでもなく、心行くまでただその満天を見上げる贅沢は平穏がゆえに堪能できる。
戦時であれば一時の安らぎとして眺められれば十分といった有り様だ。敵襲の報せがいつ入るかわからないせいで、常に緊張を伴う。それはそれで、緊張の最中、僅かばかりの時に凝縮された美しさは際立って印象深いものでもあるのだが、せっかくの美しい夜空を猥雑な要素の隙間に押し込むことは、大和にはあまりにも勿体無く感じられた。
こんなに美しい星空を、邪魔されずにそれだけを見つめることが阻害されるとは、いったいどれほど遺憾なことだろうか。

「さて大和、そろそろ戻るぞ。今年の七夕祭は我々の担当だ。色々決めねば」

しばし沈黙の時が流れた後に、見上げ続けて少し疲労したらしい首をさすりながら、武蔵が促した。ようやくの本題。大和が何かを思い出したような顔をした。

「ああ、そうだったな」

うっかりしていた、と言葉が続く。そういえば、はじめここに来たときには、星を眺めながらいくらか思案してみる算段であった気がする。普段は道標として星を見ている彼らに、文化的な一面を楽しませるにはどうするか。あるいはまた別の一面である、天文学的なほうにしようか、とか。いざはじめれば、あっという間にそういった雑念にも似た考えは消え失せ、気付けば広大な空に浸っていた。

「わかっているから呼びに来た」

苦笑する武蔵が、予想済みだと告げる。
普段ならばそっとしておくのだが、祭の準備ともなればそんなことは言っていられない。

行くぞ、と歩き出す武蔵のあとを、大和も追いかけた。
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