彼方戦記U


□揺れた若草
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夕方に、砲撃訓練はおしまいになった。

結局、阿賀野さん以外にできたのは夕張さんくらい。矢矧さんたちにも簡単には掴めないような技術。
僕ができるようになるまでに、どれだけかかるんだろう。足を引っ張りたくない。
すっかりくたくたになっちゃったけど、自主練習の申請をしようかな。
この頃は長門さんたちにたくさん見てもらったから、前より少しは成長したって言える。けど、まだまだ先輩たちには敵わない。

「あれ、酒匂。自主練かい?」
「あっ、陸奥さん」

陸奥さんと見事な遭遇。後ろには山城さんと扶桑さん。
これは、ちょっと厳しいかもしれない。きっと陸奥さんは一緒にって言うけど、甘えてばかりじゃよくないし、何より陸奥さんたちの邪魔になってしまう。

「そういえば今日は軽巡は――」
「だっ、大丈夫です。偶然通っただけで」
「酒匂」

山城さんの言葉に被せてしまった言い訳を聞いた陸奥さんが、僕の頭をぽんぽん撫でる。やっぱりお見通しみたいで、陸奥さんを見たらにかっと笑ってた。

+++

「いいよ酒匂、もう少し先を見てみよう!」

装填速度は十分だって褒めてくれた陸奥さんが、照準について具体的な指示を追加する。どうしても焦ってうまくいかない。助言を受けた二回目は、さっきよりは少しだけよくなったかも、みたいなものだった。
それでも陸奥さんは良くなってるよっていってくれる。
陸奥さんは褒め上手だ。自分で気付かないような小さなことでも、進歩だって教えてくれるから、嬉しくなって先に進む力になる。
長門さんは厳しいけど、助言は的確だし、厳しいからできたときに良くなったと誉めてもらえるのが凄く嬉しい。
二人ともかっこいい。あんな風になれたらいいなって思う。まだまだ先は長いけど。

「よくなってるよ! じゃあ少し応用をしてみようか!」
「は、はい!」

説明がなくてもわかる。攻撃の回避を加えたより実践的な訓練。本当なら、もっと先にやるもの。だけど、陸奥さんも長門さんもとても早い段階で取り入れる。

陸奥さんを敵艦に見立て、僕は単艦で突撃する。勿論ただ狙われてくれるわけない。副砲は真っ直ぐに僕を狙う。それをかわして、当てなきゃいけない。

「今ですよ酒匂さん」

扶桑さんのアドバイス。さっき教わったのを冷静に。回避と合わせて狙いを定めて――

「それでぶつけた、と」
「いやー、全部当てられたからね。驚いちゃって。すごかったよ酒匂」

長門さんに氷嚢を準備してもらいながら陸奥さんが笑う。
本当ならぶつかる前にばらばらになる模擬砲弾は、陸奥さんの不運に乗って直撃判定の後形を保ったまま本当に直撃した。
調査をお願いしたけど、扶桑さんたち曰く、よくある不思議な事故らしい。だから解決は難しいって。

「気にしなくて大丈夫ですよ、酒匂」
「そうそう、見た目ほど痛くはないからさ。それよりさ、後でアイスクリンでもどうだい?」

上手く出来たんだからご褒美が必要だからね、と陸奥さん。ちらりと長門さんを見ると、どうぞって頷いた。

「はい!」
「よし、決まりだね。もちろん長門も」
「……。わかりました」

少しだけ考えた長門さんが、いいよって言ってくれて、すごく嬉しくて。思わず長門さんに抱きついた。
最近はいつも、楽しくて幸せ。そうだ、今日のことも忘れないように日記に書かないと。
長門さんによしよしって撫でられながら、そう思った。
 


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