彼方戦記U


□揺れた若草
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「集中を乱すな矢矧!」
「はい!」

川内の言葉に返事こそするが、だからといってどうかなるはずもない。思考を回転させる。甘く見ていた。いや違うな、机上だからこそ見えていなかった。

「くっ……!」

的を射ぬけない苛立ちと悔しさが、余計に照準を乱れさせた。
隣を見れば、能代も似たり寄ったりの状態。
高速であるには力が必要。それはわかっていた、ただ数字で見るより感覚的には数倍は重い。しかしパワーに振りすぎても今度は計算に回せなくなる。超高速での弾道修正。頭が爆発しそうだ。
なぜこれを安定して出来たんだ先輩たち。具体的には指導に回った川内、神通、鬼怒、大井。そして迅速にものにした、残る5500t級。こっちは意地かもしれない。力業すぎる。
大淀が苦戦中なのがまたらしい。あいつは実技が本当に苦手だ。能力もあるだろうに。性能的な差を努力で埋めると気の狂った覚悟をもって実行した先輩方の狂気は、新鋭の強みを遥々と突き放す。

演算が間に合わない。感覚的な射撃。

「一旦引け」

勘で撃ったのがばれたのか。
神通に言われて、下がる。能代も同じように退く。代わりに前に出た彼の、なんと威容のあることか。

「焦っても無意味だ。純粋に速度を上げろ」

見ていろ、とばかりに行われた射撃。
超速度にも関わらず、見事に目標を捉える。

「おぉ……」

能代が感嘆の声を息に混ぜた。わかる。これはまるで参考にならない。芸術品でも見ているかのような錯覚。大和と同じ。まて、既視感。次の言葉が予測できる。

「やってみろ」
「えっ」

わかっていても二人で思わず顔を見合わせた。断るつもりはないが、見たからどうにかなるものじゃない。というより参考にならない。
それでも前に出る。イメージだけはしっかりと。砲を構え――

「っしゃあ!」

集中が乱れた。阿賀野の声。まさかものにしたのか。

「やるじゃねーかー」

うりうりとその阿賀野を撫でる鬼怒。
完全にこれはうまくいった流れだろう。まさか本当に阿賀野式がハマるとは……正直、思っていなかった。新鋭の中で最速があれとか。

「能代、矢矧!」

ガン見していたから流石にばれた。阿賀野がドヤ顔混じりの笑みを浮かべている。実に、らしい。

「難しく考えたほうが沼るぜ!」

だろうな、というアドバイス。溜め息をついて自分に向き合う。
シンプルに、シンプルに。いつも通り。
目下のライバルは隣の能代と、大淀。暗黙のうちに完成する関係。

その調子でいけ! と大井の激励が飛んだ。
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