彼方戦記U


□揺れた若草
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午後の座学。普段と違わずどこかぼけーっとした長子が、おれの再三の注意にも関わらず不真面目(な態度)を貫き、鬼怒のチョークショットのそれはそれは綺麗な直撃を受けた。
何か呻いているがそりゃあ痛いだろう、むしろ見てるだけで痛い。手早く氷嚢を発注。この辺りの迅速な対応は、まあ、慣れなんだけど。我ながら変な部分を手慣れてしまったなとため息をつきたくもなる。どうしてこんなフォロースキルばかり。

「ほいよ」

那珂が投げてよこした氷嚢をキャッチ。そのまま流れるように阿賀野の頭に置く。
冷たさに発された声を無視して、改めて今日の講義へと意識を向けた。

新技術というよりは応用。単純な原理だ。要するに一人三段撃ち。肝は顕現させる兵装の迅速な入れ換え。この短縮技術が今回の発見だ。だから話している内容は単純で、まあ、阿賀野が飽きる理由もわからないでもない。阿賀野なら簡単な理屈だけ聞いたら実践して身体に覚えさせるという手段を選ぶだろう。発見され普遍的な実用が可能と判断されたなら、やればできないはずがない。おそらくそう考えている。
要点を纏めれば簡潔だが、果たして現実はうまくいかない。そんな簡単ならばもっと早くにこの方法が使われていたはずだ。
思えば、たまに川内や神通、そのの駆逐隊があり得ない速度の砲撃をしてきたが、あれはこの実験だったのだろう。その成果がようやく実ったとすれば中々の時間がかかっている。
暇は暇なので改めて簡単に計算。うわ、すごい。大雑把な計算とはいえ二倍以上の速度。あとは装填に革命が起きればさらに短縮できる。

「何か質問は?」

お決まりの台詞だが、特に誰も何も言わない。あとは実践あるのみだ。ぞろぞろと教室を出て演習場へ向かう。

「能代。お前はどう見る?」
「シンプルすぎて怖い」

矢矧の問いにストレートな答えを返す。複雑なことが何一つ存在しない。簡単なことの組み合わせ。むしろ今まで何故発見されなかったという領域。

「今回ばかりは阿賀野方式が合っていたんじゃないかと」
「それ。正直今まで何故やらなかった、でしかない」

おれの口から滑り出たそれは、跳ね返る言葉。単純な組み合わせゆえに誰もやらなかったのか。あるいは順序が大切なのか。

「何人がものにできるやら」
「半分くらいだろ」

畏れ多くも先輩方にすらできない可能性を織り込んで、前方の海域に視線を移す。
どちらにせよ、待っているのは一種の地獄。それなりの覚悟が必要だった。
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