彼方戦記U


□明け方の
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いつからか、遠く離れてしまった。遠いというよりは、亀裂が引き離してしまったような。昔は、普通に仲のいい姉妹だったのに。変わってしまった。何かが、彼女を変えてしまった。

亀裂というには余りにも深い。
飛び越えるには距離がある。向こう側の姉の立つ場所は今なおがらがらと崩れて、いまや彼女すら奈落に呑み込もうとしている。孤立したかのような彼女の顔が、あまりにも辛くて。潮は精一杯、叫んだ。

「曙っ!! ………?」

しんと静まり返る夜、潮の声が響いた。
跳ね起きた潮は、あたりを見回して、漸く夢を見ていたことに気が付く。

「どしたの……嫌な夢でもみた?」

眠そうな声。潮の寝言に起こされたらしい漣が目を擦りながら、一つ伸びをして、時計に目を走らせる。午前二時。いくら必要なら睡眠をとらずとも活動可能な身体だとしても、理由もなくこんな時間から活動しようとは思わない。起きるには流石に早い。

「う、うん……ごめんね、起こしちゃって」

布団にもぐりながら、潮は答えた。
仕方ないさと再び寝る姿勢になる漣が、疲れてるんじゃない? ゆっくり休みなよ。と言葉を投げてよこす。
そうかもしれないと思うものの、すれ違いが原因で疲弊しているというのだろうか。
目を閉じてもぐるぐると回る思考が止まらずにいて、眠れそうにない。

一旦頭を冷やそう。夜風に当たれば気分も変わるかもしれない。
そろりと布団を抜け出して、上着を羽織る。四人部屋――実質的には三人部屋――のはずが二人しかいない部屋。曙は、今日もまだ、帰っていない。



夜風に撫でられる。静かな夜に風と波の音が心地よく響いている。
全体を見れば夜間も活発になりつつはあるが、静かな夜が消えてなくなったわけではない。
不思議と人には会わないものだった。歩けど歩けど、静かな夜。月も雲に隠れて薄暗い。賑やかな昼間と真逆の世界は、まるで異世界のようにも感じさせる。

ふと人影が目について、夜の散歩仲間かと少しばかり歩みを早めれば、雲が切れて月明かりに照らされおぼろ気だったその影が輪郭をはっきりとさせた。

「…!」

照らし出されたのは、曙。
普段の苛立ったような不機嫌顔でなく、憂いに近い表情。口元は、きつく一文字を描いているが。
さびしそうに、何かを見つめていた。

思わず、物陰へと身を隠す。何故だかは潮にもわからない。
覗き見するようなことじゃないが、刺激になるのかもしれないからと自身の不可解な行動に理由をつけようとする。曙が不安定なのはよくわかっていた。今も、先ほどの何かを仕舞いこんだかと思えば、徐に常に顕現させている刀を抜いてじいっと眺めている。

それをぼんやり見つめていた。きらりと、銀が煌めいた。

「!!!」

潮の顔の横十数センチ。ナイフが壁に突き刺さり、髪の毛の幾本かがはらはらと散った。
まっすぐにこちらを見る目は、いつもの冷たい怒りに満ちていて胸が苦しくなる。苛立ちに染まった曙は、次のナイフを顕現させる。

「詮索して何が楽しい」
「そんな、つもりじゃ……」

偶然なのだから。
しかしそんなことは向こうからしたら関係がない。実際、意味もなく追いかけて、眺めたことは事実。

「……私に関わらないでくれ」

投擲体勢を解除して、吐き捨てるように呟いた曙は、背を向けて立ち去る。立ち去ってしまう。自ら孤立しているように見えてしまう。

「どうして、」

潮の言葉は届かずに、波間へと消える。

(本当なら、多分こんなはずじゃなかった)

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