彼方戦記U


□揺らめいた波の果て
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はてさて翌日、本来なら四航戦のはずが急遽変更になるというイレギュラーから始まった演習。代わりと巻き込まれた三航戦の大鷹は、暇をもて余していたから、と笑っていたが、一方の龍驤があからさまに嫌な顔をしているのを汐風がなだめている。

「こっちは楽しい、向こうも楽しい、最高と思わないですかねー」
「じゃあこっちを巻き込まないで一人でやってればいいだろ春日丸」

加勢した大鷹に噛みつく龍驤。わいのわいの始めた空母二隻を、潜水艦は遠巻きに眺めることしかできない。こうなると中々収まらない龍驤は、むしろヒートアップしていく一方だ。反対に、大鷹はのんびりと笑っていて龍驤の怒りなどどこ吹く風といった有り様。
中々に収拾のつかない状況だが、汐風たちの表情が、これが日常茶飯事な喧嘩だと物語っている。

「おー、龍驤。どうした?」

言い争いというには些か互いに一方通行なやりとりが熱くなってきたところに、さらに声が一つ増えた。

「あ、三隈さん」
「時間きっかりか? いやー最上を引きずり出すのが間に合ってよかったぜ」

ははは、と快活に笑う三隈。後方には最上と、参加を表明したらしい第二駆逐隊を連れている。いわく何かに夢中であわや遅刻の瀬戸際だったらしい最上は、そのわりにたいして気にした様子はない。

「鈴谷さんたちは駄目でしたか」
「残念なことになー。けど途中合流もあるかもしれないぜ? ま、我らが最上がいれば航空戦力は十分だな」

わざとらしい挑発とともに、ちらと三隈が龍驤へと視線を送る。
ぴきりと青筋を浮かべた龍驤が、それでも辛うじて暴言を飲み込んだ。かわりにぎろりと三隈と最上を睨み付けたが、三隈は楽しげに笑い、最上もどこか挑発的な視線を返す。

「そ、それじゃあ始めましょう?」

汐風の“今です”と言いたげな顔に、ひろきが声をあげた。
ぶつけるならば演習の名の下に。
事前に通達していた二組に分かれて、演習海域に散る。




程よい緊張感がひろきを包む。
海上の出来事は読めない。潜航を選んだからだ。
いくら最上が研究部とはいえ相手はベテラン、航空戦力の専門家。圧倒的な格差を前に、不用意に洋上に姿を見せれば容赦なく発見されると踏んでいる。夜間ならまだいいが、昼間なら即座に藻屑にされる。
潜水艦のための演習だが、それは同時に対潜技能の向上機会。汐風は幾度も潜水艦に辛酸を舐めさせられたのだから、当然、対策は万全といった様子だ。
そんなことを考えていたタイミングで爆雷の投下音を拾う。猛烈な爆雷の雨霰。一人やられたと考えるのが妥当だろう。

(ななお、かな)

方向的にも性格的にも、いろはだとは思えない。
曲者揃いな相手の誰かだとしたら力強いが、今しがた聞こえた帆風の声は、残念ながらそうでないことを報せている。
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