彼方戦記U


□月夜に華咲く
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半月の輝く空は、そこそこ明るい。
満月であれば眩しいくらいだ。

「あー、今夜もいい月だねー」

空を見上げてつぶやいたのは、那珂。
演習帰りで暇なのがその理由、話題を振られたのはその兄弟である神通だが、無視したことにより、この話題は那珂の独り言に終わる。

「無視されると俺がさみしいやつみたいになるじゃん?」
「悪いが相手をしている暇はない」

むくれる那珂にさらりと返した神通は、自らの率いる駆逐隊に目を向けている。
鬼のような神通だが、決してただ厳しいだけではない。
部下である駆逐艦が疲弊していれば休ませるし、必要以上の無理をしようとしている者は訓練からは遠ざける。

もちろんそのラインは厳しいが、決して無理をさせようとはしなかった。
頑固な鬼教官も多少は変化するものだと、那珂は感心していた。
昔は、狂ったような訓練に励んで、疲労や危険など顧みることがなかったのに。

「ん?」

後方からかすかな音を感じ、振り返る。
月影に照らされ近づいてくる一隻の艦影。

「今度は衝突しませんよー、安心してくださいな」

その駆逐艦が通り過ぎ際に、からかうような口調でそう言うと、ぴくり、と神通がかすかに反応した。
悪戯にしては性質が悪いが、怒る気力すらわかない。

「わかっていてもひやっとしたなぁ……」

思い出されるのは過去に起きた事故。
その時と違い無灯火ではないから、多少の安心感はあるとはいえ、一歩間違えば大惨事だ。
最近は、永い時間行われている狂ったような訓練のせいか、小回りの利くようになって余計に危険な行為を行うようになっていた。それは高い練度に裏打ちされた自信の表れでもあるのだが……。

「しかし早潮、ヘソクリ使ってるねぇ」

その気持ちとてもわかる、と那珂がうなずくが、神通のほうはどこかこわばった表情だ。
トラウマは簡単には克服できないな、と小さく思う。だが、それによりよくなったところもあるといえる。
無茶を押し通すようなところのあった神通は、結局、あの事件以来最低限ではあるが気を使うようにはなっている。
そこは荒療治だが改善された点ともいえるのだ。

「俺も使っていい?」
「駄目だみっともない」

えー、と不満の声を上げて再びむくれる。

「みっともないって、これ重要だよ、訓練にもなる!」

実際、そういった傾向があるとまことしやかにささやかれる。
早く港に着けば、それ相応の対価がある。だが、少しでも悪ければやり直し。すぐに港につけるのは、相応の技術が求められる。目だった例は雪風だろうか。
本人曰く「さっさと帰りたい」からこそ努力する。それで得た技術が戦闘にも活かされているんじゃないかとのことだった。

「お前は即座にだらけるから」
「無根拠な!」

ほとんど真顔で言い放たれた言葉に、ついに那珂は憤慨した。
神通の表情の変化は極僅かで、非常にわかりにくい。ただ、兄弟であるからか、冗談の類のそれとちゃんとわかっている。

「無根拠と思うなら川内にも聞きに行くか?」
「えーそれ絶対不利」

楽しそうに言う神通に、つられて那珂も苦笑する。
兄である川内は、やはり身内にはややきびしい。そして真面目な性格であるから、時に神通より厄介だ。
不真面目にとられがちな那珂の味方はまずしてはくれないだろう。

「遊びも大切だと思うしほら、赤城さんもそういってるし?」
「一航戦とわれわれは違うぞ」
「よっしゃそれいったら神通は二水戦、俺四水戦」
「だが同じく水雷戦隊旗艦だ、指揮官がだらけるわけにはいかない。士気に関わる」

鮮やかに切り捨てる神通に、そうだろうかと、那珂は苦笑しながら考える。
大変なのはわかるのだから、少しくらい、いいじゃないか。どうしてもそう思ってしまう。

息抜きは大切だ。
狂ったように、時間をつぎ込めばつぎ込んだだけリターンがあると思っている派閥に対抗するかのように、メリハリをつけてやるべきとする派閥が誕生したのは、比較的最近のこと。
戦争回避の意識が非常に高い彼らであり、そしてそんな世界なのだから、必要以上の強さを持つ理由はないだろうというのが那珂の考えである。
最低限をこなせば練度は維持される。今はまだ手探りで、能力開発に勤しんでいるが、それは開発を怠った結果の悪夢の記憶が強いせいだろう。

 
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