彼方戦記U


□桜の国の誕生日
1ページ/2ページ


その日、桜木神宮は朝から非常に忙しく、必然か偶然か――どう考えても意図的に組み合わせたそれだが――ともかく運悪く当番であった長門と関東軍は、表面上はその不仲を隠しながらもあからさまに対立し、山積みの「仕事」を片付けていた。

この寒い時期、しかも珍しく大雪に見舞われたこの年。境内は雪に覆われ、白く染まっていた。
そんな雪化粧をまとうこの神聖な場所を、何かあれば、嫌味と皮肉を互いに放り投げあうような二人の最高司令官が掃除していれば、いったい何が行われるのかと尋ねたくなる有様だが、暦を見ればすぐにわかることであった。

紀元節。国の誕生を祝う日。

二度言うが、ここは桜木神宮。
そう。日桜帝国の国神を祭る神社。

紀元節にはそれを祝う祭が催されるのが通例だ。全ての神社の頂点にあるこの神宮も例外ではない。いや、国の神を祭る神社なのだから、この場所こそが中心となるのだ。

「まだいたのか、このままでは仕事が片付かん」
「確かに貴方がいたのでは片付く仕事も片付かなくなりますね」
「黙れ海軍。邪魔なのは貴様だ」

ばったりと出くわした二人の間に、あからさまに火花が散る。
紀元節の祝いという必ず達成しなければならない目的があるために、それ以上の余計ないさかいが辛うじて避けられているのが唯一救われる部分だろう。
一触即発の険悪な空気。海軍と陸軍の対立は、基本的に収まる気配のないものだった。それでも普段はやんわりとしたそれなのだが、現在あからさまになっているのは、おそらく朝から行われる尽きぬ仕事に苛立ちはじめているのも一因である。

そしてそんな空気は、唐突に現れた影に否応なしに破られた。

「むぅ。ぬしらは相変わらず仲良くは出来ぬのか」

その影はふわりと美しい黒髪と着物を揺らし、にこやかに、しかし力強く、ぎゅうと二人を抱きしめる。

「日桜様……!」
「明日は我の誕生日ぞ、もう少し楽しくしてもらいたいものよ。わかるかの?」

仲良くして欲しいのじゃ。長門と関東軍を相手に、まるで子供に言い聞かせるように話す日桜。
やれ一月の一日だの二十九日だの、二転三転したのちに二月十一日だと結論された紀元節の祭日について「ぬしらが言うならそれでよい」と笑い飛ばす神・日桜は、基本的におおらかで楽天的な性格だ。
反面、子供っぽく気分屋である。これで祟り神的な性質も持つのだから、厄介ともいえた。

そんな主たる桜の神に子供扱いされて微妙に対応に困る二人は、この時ばかりは顔をほんの僅かに見合わせて、何かを合意する。

「わかっています、日桜様。ご安心ください」
「む、本当か? 信じてよいのか?」

そう尋ねる日桜は少しばかり不安げだが、明らかに期待に満ちている。目はきらきらとしていると言っていいくらいだ。子供が念をおすのと全くかわらない。

「私も海軍も、勿論日桜様を大切に思っています。ただそれゆえにすれ違ってしまっていただけで」
「ほう。それでは、ぬしらの喧嘩は先程でおしまいになったのであろう? 今日は久しぶりに両軍仲良く祭りができるの!」

思わぬ飛躍だった。
日桜の解釈に硬直する二人。
とりあえずこの状態さえどうにかできれば“例年通り”に開催できた。
それがこうなると大変まずい。いくら二人が命令しても、長きに渡る対立はもはや改善のしようがない。個人単位ではそれなりに良好な関係でいても、組織としては最早相容れない。勿論慣れない演技で誤魔化せるほど、日桜も馬鹿ではない。
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ