彼方戦記U
□空と海の夜
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冬の空は、凍てつく寒さによるものか、どこか凛とした暗く深い青のように見える。
ならば、寒さはまだ多少残る春の夜空はなんというべきであろうか。
冬の夜空の色と、春の夜空の色は、同じ夜でもどこか違う。
冬の夜空を、彼女はとても気に入っていた。だからこそ、浮かべるのは少し淋しげな表情。
「瑞鶴。風邪をひくよ」
外套をせずぼんやり空を見ていたのを片割れが見つけ、マフラーを手に近寄る。
優しくマフラーを巻くその片割れに、瑞鶴はぽすと寄り掛かった。
「?」
突然の瑞鶴の行為に、どこか不思議そうに、しかし拒絶もせず、翔鶴はそれを受け止める。
ひんやりとした冬の名残の空気の中、接点を持った場所が温かみを強く感じさせる。
ただそれだけのことが、二人を安心させるように思えた。
特に会話するでもなく、ただ静かに寄り添って夜空を眺めるだけで、果たしてこれだけ満たされるものなのか。
「……瑞鶴。もう遅い時間だ、今日はもう帰ろう。明日は忙しいから」
長くなると察してか、翔鶴は促すように言う。
「明日……そっか、エンタープライズたちがくるんだっけ」
瑞鶴のほうも、指摘されてやんわり思い出す。
そうだ、明日は米軍との協議がある。そして、彼らとの演習も。普段以上に忙しくなるのは明らかだ。あまり夜更かしをするのは賢いことではない。
「思い出した?」
「うん。ありがとう、ちょっと忘れてたよ」
恥ずかしいのを隠すように笑い、さあ戻るよと翔鶴の手をとる。
顔を見せないように前を進むのは、自分勝手な強がりだ。いや、自分勝手というよりは、自己満足に近い。ただ、間違いなく翔鶴にはそこまで理解されていて、それでいてなお気付かないふりをしてくれているのだろうと瑞鶴はわかっていた。
「エンタープライズには負けたくないね、明日はがんばろう?」
話題を変えようと、宣言する。
友人でありライバルである空母の名を挙げ、負けたくないと言い切るのは、名目的には威信をかけた演習でもあるからか、単なる意地か。
そうだね、と返した片割れの声は、瑞鶴の聞き違いかもしれないが、ほんのすこし笑みを含んでいたような気がした。