彼方戦記U


□背負う十字架
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加賀ははたと立ち止まった。

「どうしたの、加賀。空腹?」

気付いた赤城が傍に駆け寄るが、表情を見て硬直する。
一点を見つめる彼の瞳は、酷く暗く、憎悪に満ちている。

その表情を見て、ああ、と納得した。
冬の館山沖、と考えるとすぐに思い当たる。加賀にとっては暗い記憶の残る海。

赤城はそれ以上、何を言えばいいか悩んだ。
加賀に落ちる影の一端は、自分にもあるような気さえしてしまう。
全くに無関係ではない事実が、赤城にも纏わり付く。

ちら、と二航戦に目配せして、加賀が自分の世界に入り込んだことを無言のうちに知らせる。
ああ、と二人は頷いた。理解はある。それは散々、聞いて、目の当たりにしているがゆえ。



一人の世界に落ち込んだ加賀はあのときのことを思い出していた。

「まだ生きたい、死にたくない」

そういって助けを求める彼を、ただ見殺しにするしか出来なかった、あの日。
「国のため、軍の発展のため」と言われても、幼い自分たちには理解できるはずもなく。むしろ、その言葉に反発するだけだった。
兵器としては赦されない行動だろう。だが、それでも我慢ならなかった。

それは貴様らの都合だろうと。
貴様らが望んでいたにも係わらず、何故土佐を殺さなければならないのかと。不条理を呪い、吼えた。

怒りの矛先は最終的には条約を結ぶことを提案した米国に向かったし、この当時も確かに米国を怨むことをした。が、このとき実際にその怒りが向かったのは仲間である海軍であった。

とりわけ、一番艦と二番艦。この二人に対して。

何故貴様は土佐を助けなかったのかと、旗艦を勤めていた彼に詰め寄ったこともある。
彼はただ、義務的に、すみませんというだけで。

ああ、そうか。貴様には何の情も存在しないのだな。だからこそ、何の躊躇いもなく、表情ひとつ変えず、土佐に砲を向けられるのだなと。

二番艦が助かったのが、余計に腹立たしかった。
理由は理解できるが、だからといって納得出来るものではない。

何よりも、彼を救うための軍を挙げての工作。一番艦の必死の働き。そこにあったのは確かに自分と同じ、守りたい、生かしたいという思い。

土佐は、まるで、殺される為に生まれたようなものじゃないか。

憎悪がやってくる。
沸々と怒りがこみ上げてきて、硬く拳を握る。

「加賀」

少し強めの口調で赤城が名を呼んだ。
あまりにも深く澱んだその空気に流石に耐えかねたのか、どこかその表情も強気だ。

「いつまでも憎悪にとらわれてもよくないよ。ほら、土佐にも心配かけるでしょ」

だから、ね。緊張を和らげようと、にこ、と笑ってみせる。
加賀の怨念に満ちた瞳が、多少揺らぐ。
もちろん到底そんなことで落ち着くとは思っていない。
深い恨みは、既にいくつかの影響を与えているのだ。何年経とうが、消化しきれずにいる。

「……赤城、」
「わがまま言うなら、俺、天城に会いたかったよ」

少し困った笑顔で赤城はつぶやく。

天城。
生まれる前にいなくなってしまった存在。そして、この世界でも出会うことのできなかった、見知らぬ兄。

現在接している天城は後輩だ。それも、ここで初めて出会った、全く交流のない、自分たちの死後に現れた存在。飛龍の流れを汲んだ新鋭空母。

それゆえ艦体そのものは似てもにつかぬそれではあるが、どこか赤城と似た面影を持つ姿を持ったその「後輩」に、赤城は不思議と親近感と、懐かしさを覚えたらしい。
それは天城のほうも同じであったようで、名を継いだときに何か他のものも継いだのではないかと噂されるくらいである。

名を継ぐことの多い彼らだ、そういった話はあるにはあるが、オカルトの域を出ない。
 
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