彼方戦記U


□揺らめいた波の果て
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見慣れた青。心地いいが、水中散歩を楽しむ暇はない。今は演習中。駆逐艦たちが上方で、彼らの姿を探している。
伊一六九、通称「ひろき」は、じっと息を潜めて、海流に身を任せ、無音で潜航する。なにも使えない。目を閉じているの等しい。いわば、めくらだ。

この無音潜航は、伊一六八(いろは)がヨークタウンを撃沈した時に使った技法。
どこか天才的で幸運な友人のことを簡単に真似できるとは思わないが、位置的にはこれをやるしかなかった。ようやく赤城の下を潜り抜け、波に紛れて潜望鏡をあげる。まあ及第点。赤城は横っ腹を晒している。

扇状に、ほぼセオリー通りの雷撃。
疾駆する魚雷はまさにその目論見の通りに、回避の間も無く巨大な空母へと突き刺さる。
衝撃が、ひろきの艦体を震わせ、これはとったと核心する。が、その衝撃は魚雷のそれだけでは、ない。

爆雷。雷撃から数秒せずに襲ってきた。早すぎる。もしかすると、潜望鏡が気付かれていたのかもしれない。

全力で潜っていく。早くしなければそのまま沈むことにもなりかねない。が、一際強い衝撃。バランスが取れなくなり、抵抗むなしくじわじわと浮上していく。
こうなってはもはや砲戦を覚悟する。状況からは、一撃でも返せれば上等。
いっそ急速浮上して、体当たりしてもいい。
近付く水面を突き破り、水の膜が剥がれ落ちる。素早く砲を生成しようとしたところで砲弾の直撃したのを感じる。
ちらと視界にうつったのは磯風。あまりにも迅速な正確無比の砲撃だった。敵わない。
流石にどうしようもなく、白旗をあげる。赤城は――辛うじて、まだ浮かんでいた。




「おつかれさま、であります!」

いろはが言う。中々ハードな訓練だったが、彼には疲れの色がない。息すらほぼ上がっていないのだから恐ろしくさえある。

「いい疲れだよなぁ」

伊七○(ななお)がくたびれたぜと伸びをしながら笑う。
彼が寝転がろうとするのを横目で眺めていた伊一七二(ひななつ)が視線をひろきにうつす。

「ひろきはー惜しかったと思うなぁ」
「まあね、当たっただけ及第点だと思ってる。ほいほいあたるものじゃないし」
「そもそも無音潜航をやろうってのがまた」

伊七三(なみ)が流石だねぇと空を仰ぐ。
無音潜航という技法自体は、ミッドウェイでのいろはの話が広まり、潜水艦たちの間でちょっとしたブームになっていた。
が、それは同時に対潜警戒を厳とする駆逐隊の腕の見せどころでもある。事実、潜水艦に対して抱いた苦い記憶をバネにして能力向上に励んだ彼らが、決して低くない確率で無音潜航を試みた潜水艦を撃破していることを思えば、雷撃にまで至ったことは十分に誇れることだ。

「ひろきの経験いかしてぇ、次は僕が決める〜」
「やっ、決めるのはおれだぜ」

にひひとひななつが笑う横で、跳ね起きたななおが高らかに宣言する。

「ふふぅん、それじゃあ、明日の演習でー勝負だ」
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