彼方戦記U


□揺れた若草
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雲が緩やかに流れていく。
穏やかな日だ。春を迎えてしばらく経つが、やはりこの季節はごろごろとしているのがあまりにも気持ちいい。これはいつまでも眠っていられる。
たしか今日も訓練と講義の予定がみっちり入っていた気がする、が、それを考えたら余計に現実逃避したくなる。自然の摂理だ。雲になりたい。
身体を動かすのは好きだから、まだ訓練はいいとして。問題は座学。必要だと頭で理解はしているが、どうにも、抗えない眠気に襲われる。もうこれはどうしようもない。オレはそういう仕組みで作られているに違いない。そういう仕組みになっているから仕方ない。

「阿賀野、起きろ。時間だぞ」
「んあー」

残酷にも現実を知らせる能代の言葉に我ながらおそろしく間抜けな声で返す。
わかっていても憂鬱なもんは憂鬱だ。
起き上がるまでやや緩慢なのも密かな抵抗。
オレだって別に積極的にサボるつもりなんてない、ただ願望が露呈してるだけ。だからそんなに怖い顔するなよ能代。
そんなこと思いながら伸びをする。あくびが出た。

「シャキッとしろ、シャキッと」

背中をどつかれたところでやる気が出るわけもなく。かといってまた寝るなんて許されない。休憩にしがみつくようにもう一度のびをして、仕方なしに教室へ歩き出す。



砲術についての講義。驚きの退屈さ。新技術らしいが興味のなさが理解を放棄する。
必要とはいえひたすら板書に教科書をめくりとなれば、楽しいことなんてどこにもない。基礎確認しながら応用を学ぶ、まあ、大事だけど眠い。だからといって、神通が講師でも嫌だ。神通だと手短な説明から実践に入る。それだけならいいが、鬼すら涙の枯れる訓練。まだ名前こそ鬼の怒りと書く鬼怒のほうが些かマシだ。
あくびを噛み殺していたら、隣の能代に小突かれる。ちらっと見てみたら、それはまあ真面目なメモが書かれている。ご立派なこった。自主的に計算してやがる。
反対の矢矧はと覗きこめば、能代とはまた別の生真面目さ。こいつも自分の理解をメモしだしてる。その向こうの末っ子はわからないが、たぶん性格的に丁寧に板書を写しているだろうことは簡単に想像がつく。やれやれと首をふったところで、視線を感じた。

「阿賀野、その態度を続けるならわかってるよなー?」

口調は軽いがすごい形相の鬼怒に、思わず笑ってしまった。あっ、やべっ。

「いて!」

でこに強い衝撃が走った。星が飛んでる。投げつけられたチョークが、粉末を散らしながら、からころと四方に欠片を転がしたのが見える。

「おれだからこれで済んでるんだぞー」

感謝しとけと表面上は笑ってはいるが、いや、目がマジだ。やばい。もし神通だったら俺の首は飛んでたかもしれない。
でこをさすれば当然のようにたんこぶが出来ている。流れるように手配された氷嚢を受け取り冷やしつつ、仕方なしにペンを持つ。正直内容より頭が痛いしか感想がない。改まった計算とか無理。適当な数字を書いて誤魔化す。
それよりいつ痛みが引くだろうか、と憂鬱なため息をついた。なんなんだこの扱いは。動いて覚えればいいんだよこんなことは。

眠気と痛みと戦う午後。まだまだ先は長そうだ。
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