彼方戦記U
□ある日常の幕間
1ページ/1ページ
ふぅ、と一つ息をついて伸びをする。
今は漸く、午前の座学を終えたところだ。
午後は訓練。嫌だなぁなんて口では言うが、実際にはここ最近、楽しい気持ちも芽生えているのも確か。
それは色々教わったことをものにしはじめて、上手くいくようになってきたから、なのだが。
さて、と酒匂は立ち上がる。
時間に余裕がある。用事はないが、きっと仕事で忙しい長門に、紅茶でも差し入れに行こうと思い立った。
いざ紅茶を淹れ、部屋の前にやってきた酒匂の耳にいつもの通り何か訴える声が届く。
そぅっと扉を開ければ、やはりだ。
昼休憩など知らないといった様子の長門に、陸奥が君は休むべきだ、と食い下がっている。
ただ、普段に比べて和やかに見えるその様子に、これは、邪魔しては悪いかと細心の注意を払い閉じようとしたが。
「入って構いませんよ」
気付かれないわけはなく。曖昧にへにゃりと笑ってお邪魔する。
「あの、紅茶、」
「いつもありがとうございます」
滞在は短くしようと速やかに提供。感謝の言葉にどうしても頬がゆるむ。たかだか紅茶をもってきただけなのにどうにも照れくさい。
「相変わらず仲いいねぇ」
「陸奥さんこそ、ほとんどいつも、長門さんと一緒にいるじゃないですか」
からかうような陸奥に、酒匂も対抗して言葉を紡ぐ。
そりゃ当然さ、と笑う陸奥が、紅茶を置いたタイミングを見計らい、かるく屈んで長門の肩を抱き。
「俺と長門は相思相愛だからね」
そう宣言してウインクを飛ばす。
「邪魔なのですが」
一方の長門は表情をほとんど変えないまま、陸奥の発言をばっさり切り捨て仕事に専念している。
てきぱきと処理されていく書類。それなのに減る気配がないのだから恐ろしい。
「なんだい、俺と君の仲じゃないか」
邪魔と言われようとへこたれない陸奥がそういって、僅かに長門に顔を向けた瞬間。
「ぐえっ」
深刻でない呻き声があがる。
酒匂からは影になってわからなかったが、恐らくは腹部に肘うちでも受けたのだろう。
「手荒いなぁ」
陸奥が両手を頭の後ろで組みながら、軽く同意を求めつつ苦笑する。
酒匂は、ううん、とやはり曖昧な苦笑いを浮かべて首を傾げた。
仲がいいからこそ、にも見える。
羨ましくもある。暴力は嫌だけれども、対等な友人関係。いや、友人よりも、もう少し先の。
同型艦ゆえなのだろうか? 阿賀野と能代の顔が浮かぶ。あの二人もそれなりに仲がいいが、今一つわからない。
「酒匂、今度三人でお茶でもしようか」
「ふぇ」
考え込んでいたところに掛かる不意の誘い。間抜けな声。
「いやぁ、会話に花が咲くんじゃないかなって。長門も、君がいれば無下には出来ないだろうし?」
「いいですね、ぜひ」
付け足された台詞に意図を察して頷いた。何より嬉しい話。
「聞いたかい長門、酒匂の楽しみを潰すわけにはいかないねぇ」
「全く、勝手に話を進めないでいただけませんか」
ため息混じりにそう言った長門だが。
「陸奥。代わりにきちんと仕事をしていただきます」
「えぇ、いつもちゃんとしてるって」
「どこがですか」
いつものやりとりに、くすりと小さく笑った酒匂に二人の視線が集まる。
「なんでもないです、私は、そろそろ戻らないと。楽しみにしていますね」
そう言い残して素早く退散する。きっと楽しいその時間。そして大事な二人の今。
いつかあんな仲のよさをと夢想して、酒匂は午後の訓練に向かった。