彼方戦記U


□海の街、桜の国
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空は澄み渡り、海は蒼く広がっている。

色眼鏡を外してみれば、普段となんら変わらない日桜の海である。
それなのになぜそう感じたかといえば、おそらくハレと呼ばれる特別な日、祭という雰囲気による補正作用だろう。

国号に含まれ国旗にも描かれる、大日桜帝国の象徴として親しまれる桜の満開に咲き誇る季節。
そんな桜の名所中の名所とされる桜木神宮で開かれている花見の祭、あるいは宴とも呼べるそれは大盛り上がりで、ほとんどが羽目をはずして日常と非日常の狭間を楽しんでいる。

春は冬との対比もあり、元来にぎやかな季節ではあるが、そこに桜の魔力のようなものが上乗せされているのかのようだ。
ということは、桜を別に嫌いでも好きでもないと思っている榛名も、きっと無意識のうちに好いているのかもわからない。

無意識とは恐ろしいものだ。慣習となったものはこの無意識の下に組み込まれる。
あるいは精神的なものもそうだろう。ゆえに精神に刻まれた日桜帝国への帰属意識が、意識介さぬうちに存在し、その一端が桜への特別な思い入れとして表層に浮き出ているのだろうか。

なんとなく考え、なんとなく思い、なんとなく想像するというなんとなく思考が榛名の趣味である。
生産性とは無縁の、実に無意味な考え事ではあるが、その無意味さと気ままさが榛名は好きだった。

非生産的で気まぐれな趣味は春の陽気と相性がいいらしく、非日常である祭も一味加えている。
いや、祭自体は由緒あるもので意味もあるだろう。しかし神を信じていなければ宗教にも興味のない者にとって、その本来の意味というものは雑学的なものでしかない。
有史以来ほぼ絶えることなく続いていようが、考えようによっては“ただの盛大に開かれた花見”でしかないのだ。

それに海軍も陸軍も、自らの威信をかけて――なんていえば聞こえはいいが、実際のところは好き勝手やりつつ如何に素晴らしいかを見せ付けるためにこの祭を利用しているといっていい。その段階で、既に本来の神聖なる儀式からは、遠く離れてきているのも間違いではないだろう。

もっとも、そうやって利用しているからこそ、雑学的知識は増えてゆく。
境内にある世界最古とされる桜の大木の正式名称などは、そうでもしなければ記憶すらしなかったであろう。……流石に日桜帝国において普遍的に知られる「日桜様」が祭神である事くらいは、流石に知っていただろうが。

曖昧に、なんとなく知っている。というだけの物であったそれらの知識は、いつの間にか由来や伝説をその場で簡潔に説明し、紹介出来る程度にまで強化されていた。大して興味もない事柄をそこまで記憶出来たのだから、反復による学習には驚かされる。
 
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