彼方戦記U


□鏡の向こう
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「あー、仕事したくない」
「逃げるな」

書類に埋もれて逃避を訴えた赤城に、加賀はピシャリと注意を入れた。
軍隊をモデルとした役所的な組織体系であるのだから、当然処理せねばならない書類も多量に存在する。その数と地道な作業によって研究部を擁する部隊との演習よりも嫌だとする声もあるほどだ。
空母級は管理職にもあたる階級なのだから当然その数も多い。確かに嫌になる量ではあるが、仕方ない話だ。

「普通に嫌だよ、まだ訓練のがマシ」
「安心しろ赤城、その予定もみっちりだ」
「ばっかそれは安心にならないどころかしんどいやつだからやめてぇ」

あー!と叫んだ赤城がわざとらしく突っ伏した。
非常にわかりやすい絶望の表現だ。

「元気だしてよ赤城、赤城なら大丈夫さ」

そんな赤城の背をポンポンと叩き、土佐が励ます。

「赤城は強いでしょ、やれるって」
「土佐の言う通りだ、赤城。お前ならやれる」
「それはねぇ加賀、無茶っていうんだよ」

書類の海の中から赤城が呻く。この絶望がわかるかと言わんばかりの態度を示す赤城を加賀は無視した。励ますのは土佐に任せて山を崩すことに専念する。加賀も決して仕事がないわけではない。むしろ山のようにある。
取り組まなければ終わりに近付かない。ため息はでるが、着実に崩す以外に終わりは決してやってこない。

「七駆も思うでしょ」
「急に巻き込まないでくださいー」

漣が苦笑いを返した。
どうせいつも巻き込まれると悲しい学習をしている彼らは、既に書類に立ち向かっている。
最終的に赤城が確認しなければならないのは変わらないが、確認だけまでハードルが下がればやる気が底辺に沈んでいても完全な停滞にはならない。遅々として進まないとはいえ、進捗ゼロよりはマシだ。

「あははっ、でも賑やかでいいじゃない」

土佐が笑う。この中で唯一明るさを保つ土佐は、一種の清涼剤になっている。加賀にとっては清涼剤というよりは無限の活力を与えてくれる永久機関だ。

「本当だな、土佐」

どんなことがあろうが、土佐がいるだけで穏やかな気持ちになれる。加賀はそう感じている。

「わかんないなぁ」

そんな加賀を見て、赤城がぼやく。

「せめて手を動かしながら言え」
「動かしてるー」
「赤城さん、これもよろしくお願いします」
「うわー! やめて潮ぉ!」
「潮えらいね、赤城も頑張って!」

赤城の悲鳴と、土佐の声援が重なった。
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