彼方戦記U


□雑草花
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快晴の空。暖かく暑すぎない気温。
穏やかな風が心地いい。思わず深呼吸をする。
特に変わらない普段の空気。それでもなんだか安心した。

静かだ。独りぼっちなのではないかと不安になるくらいに。
それも彼が動くまでだった。静かに歩くことは未だに上手くできないでいる。

いくら人型を得ようとも、小柄で貧弱な姿に改めて情けなく思う。否、トレーニングは欠かさない。それでも悲しいかな、筋肉はついてはくれなかった。力がないわけではないが、どうにも悔しさが溢れる。
前を向けば必ず明るい未来はくると信じている。たまにはこうして、立ち止まりそうなこともあるけれど。

演習場近くの野原。海に近いこの場所からは、海軍のこともよく見える。
縁はあまりない。圧倒的に海軍が多いこの国で陸軍の肩身は微妙に狭い。悪い感情があるわけではないが、仲がいいわけでもない。むしろ組織としては最悪なまでに悪い。
上司に至っては、常々なにかと海軍と争っている有り様だ。それに合わせてか、皆で張り合っている姿には流石にため息が出そうになる。いくら縁がなくとも、積極的に争うつもりはなかった。

チハは立ち上がり、港へと足を向ける。
たまには船たちとも話してみよう。

陸軍籍の船といえば、あきつ丸や熊野丸、マルユ艇がそうだ。
暗い歴史を抱えた「アマガエル」については、チハはどうにも上手く話すことができない。
己自身も爆弾を積んで体当たりした過去がある。そんな過去が重なってしまう。あまりにも、酷い仕打ちなのだ。あれは。

「あ」

港へと降りたチハが立ち止まった。
マルユの姿を見掛けて近寄ったのだが、彼の話す相手に、ぴたりと足が止まる。

首が痛くなるような長身。ただそこにいるだけで威風堂々という言葉が似合うのは、かつて連合艦隊旗艦を勤め、最期は一億総特攻の魁と成り果てた、栄光と悲劇の象徴がゆえなのか。

いくら海軍に知り合いがあまりいなくとも彼のことはわかる。日桜の誇る大戦艦。大和だ。

チハからしたら連合艦隊旗艦といえば大和よりも長門の印象が強い。実際この日桜帝国では未だに長門のほうが実質的には旗艦である。
だが、こうして遠目で見掛けただけで気圧される。そんな大和に普通に話しかけられるマルユは、凄いな。なんてことを考えながら逃げ去るように踵を返した。の、だが。

「あ、お久しぶりです!」
「ひっ」

騒音が故か気付かれた。マルユの明るい声に対して思わず情けない声が出てしまったが、振り返りぎこちなく笑う。

「あ、ああ、マルユ、ひ、久しぶり……」

我ながら情けないにも程があると思う。
面識はないから仲が悪いということもない。自分は別に、海軍に張り合ってもいない。怖がるな、と自分に言い聞かせ、マルユたちのほうに歩いていく。
 
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