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□だいきらいです と告白された
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だいきらいです と告白された
 



「ぜったいに真田先輩にだけは、たよりません。」

頼りになる期待の後輩から、そんなことを言われた。
それは、いつものように俺がグローブの手入れをして。
いつものように話し掛けてきた頑張り屋の後輩に、無理せず頼れ、だとか
……たぶん先輩らしい発言をしたときの話だ。
この何事にも無頓着な後輩が、珍しく怒っていることだけは
他人の感情に疎い俺にも、珍しくわかることができた。
不本意ながらKYだと言われる自分が、それに気付けたのは素晴らしい成果だと言える。
しかし、一体、自分はどこで失言してしまったのか…思い出せない。
人のいない静かな2階のラウンジに、しんしんと、後輩の冷たい声が降り積もる。

「無自覚で無神経だし、鈍感で鈍いし、馬鹿だし、阿保だし、…」

いつもの大人びた態度からは信じられないくらい幼稚な言葉が飛び交う。
だが、一体、何が言いたいのか要領を得ない。
それに、その言い方は、まるで俺のことを嫌ってるみたいだ。
そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
それが顔に出てしまったのか、冷たい言葉がピタリと止む。

「相手が、先輩じゃなかったら…気付いてもらえなくても気にならないのに。」

傷付けられたのは、俺のほうだと思っていた。
それなのに、後輩のほうが被害者のような悲愴な表情で話を続ける。

「先輩以外の人に傷付けられても、痛くも痒くもないのに。」

整った顔をした、形のいい唇から、次々と言葉が溢れ出す。
こんなに話すヤツだったんだな、と俺はただ妙に関心していた。
その流暢な話し方が、傷口から血が流れ出ているみたいだと場違いなことを考える。
これがケガなら、応急処置に慣れた俺にも手当てしてやることができたのに。
それをしてやれないことが、とても残念なことのように思えた。

「先輩だから、気になるし、傷付くんです。」

ふいに、ポロリ、と液体がこぼれ落ちる。
血が流れているようだと思ってはいたが、流れ出た液体に色はない。
当然のことだが、血液であるはずもない液体は、とても澄んだ透明な色をしていた。

「たぶん、先輩のことが……好きなのかもしれません。」

よくわからないが、俺が泣かせてしまったらしいことは、
血とは違った赤に染まった目元から、すぐにわかった。

零れ落ちたのが涙じゃなくて、本当に血ならよかったのに。
だって、そのほうが見慣れているし、冷静に的確な判断ができたに違いないのだ。
…どちらも、決して気分のいいモノではないが。
それでも俺は、血を止める術は知っていても、
涙を止める術を知らないのだからしかたない。
後輩の悲しそうな表情を見ているのが辛くて、何とかしてやりたいと思う。
だけど、俺は身体の傷を癒す方法しか知らない。
心の傷の癒す方法なんて、知らない。

そもそも、どうして、俺のことを好きだなんて言えるのか、
俺のどこが好きなのか理解に苦しむ。


ぜんぶ、ぜんぶ、せんぱいのせいです…


小さく消え入りそうな声で呟いて、
いよいよ本格的に泣き出してしまった後輩に
俺はなすすべもなくオロオロとすることしかできない。

恋心というものが縁のない俺に、その理屈はわからなかったからだ。
恋というのは、もっと明るく楽しいものだと聞いていた。
俺に恋しているらしい後輩が言う、
辛く苦しいばかりのものを、恋と呼ぶなんて知らない。
こんな感情は知らない。
そうやって祈るように、痛む胸から言葉を搾り出し

悲しい恋が、早く、終わればいいな。

そう言ってやった。
なんて他人事で無責任な発言だろうと、自分でも思う。
それでもコレは、俺なりに大切な後輩の幸せを願った精一杯の言葉だった。

「……ほんとうに、ひどいひとですね。」

くしゃり、と美しい顔を歪ませて、綺麗な後輩が笑う。
大事な後輩の頬にイビツな涙がつたって落ちていく。
俺の予想していた、嬉しそうな顔とは程遠いものだったが
きっとその表情が噂に聞く、恋する人間の顔なのだろう。

その瞬間、確かに俺は恋する後輩に見惚れていた。
呼吸も忘れて、飽きることなく、その顔を眺めた。



あのときの衝撃は、今も鮮明に記憶に残り
何度も後悔と自責の中に俺を追い込む。

それだというのに、俺は
恋した後輩の名前も顔も思い出せない。



後書≫たぶんカラオケEDの話。


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