royal 僕は、彼に弱い。 彼というのは、僕と同じ穴の貉であり、敵対中の同僚のことなのだけれど、詳しいことは話せない。 詳細は極秘。だって、僕らはお尋ね者だ。なぜなら、僕らの仕事は怪盗なのだから。 まぁ、とりあえず、今回は彼の名前を(仮)として「肉」と呼ぶこととしよう。 肉はとにかく、体力馬鹿だ。運動が嫌いな僕は、短距離走のことを思い出すだけでも酸欠で死にそうになるのに、肉は運動が三度の飯と同じくらい好きらしい。 僕はアダ名が眼鏡になるくらいに運動との相性が悪い。さすがに怪盗仲間のフジコさん(仮名)よりは、多少体力があるかもしれないけれど、それでも運動は嫌いだった。 苦手なんじゃない。嫌いなんだ。そこのところ、決して、誤解しないように願いたい。 だいたい、怪盗の仕事をする上で重要なのは体力じゃない。頭脳だ。毎日、スクワットしたり、腕立て伏せをしたりする必要はない。動かすのは脳味噌とパソコンをいじる指先だけで充分だ。 体力作りのことなんて、考えただけでも息切れしそうになるじゃないか。 「てめえはそんなんだから、すぐに俺に負けんだろうが。」 健康的な毎日を健やかに過ごす肉は、僕が不健康に徹夜して練りに練った防衛線を、あっさりと破っていく。怪盗としてのレベルは僕のほうが上なのに、納得いかない。不服だ。 モヤシみたいな僕の細い身体は、鋼みたいなムキムキの肉の身体にはどうしたって適わない。どんな策略も力でねじ伏せられてしまう。 ズキズキと痛むわき腹をかかえて、僕は金庫の床に這いつくばることしかできない。上手に酸素が摂取できない。視界が苦しさと痛みの涙で滲みそうになる。これは生理的な涙だ。決して悔しかったり悲しかったりするわけじゃない。 情けないことに僕の痛みは、肉に殴られて生まれたものじゃない。ちょっと肉を追いかけて走った結果、わき腹が痛くなっただけだ。でも声も出せないくらい痛い。もう無理。死ぬかも。 肉はそんな僕に勝ち誇ったような微笑みを見せて、窓をぶち破って金庫を去っていく。ああ…僕の集めてたフラワーカップが…あと1個でコンプリートだったのに!! どうしてこんな事態に陥ったのか、僕は今日も不健康に徹夜して考えなくてはならない。 それが、先週の話だ。よくある話だ。 よくあり過ぎて、先日街で会ったときに僕が壊れた窓の請求書を押し付けてやったら 「んなことあったか?日常茶飯事だから覚えてねえや。」 とか、ものすごく健康的で爽やかな笑顔で言われた。記憶力のいい僕は盗まれた時間から肉が壊したガラスの破片で怪我してた場所までハッキリと覚えているのに、肉の脳味噌はきっと筋肉で出来てるんだと推測せざるをえない。 もちろん、そんなこと、科学的にはありえない揶揄だとわかってるけど、それでも矛盾した嫌味を言ってやりたいくらいに僕の頭脳は制御不能になっていた。どうして忘れられるのか、わからなかった。 ちなみに、ガラスで切れたはずの肉の身体の傷は綺麗さっぱり治っていた。僕があのあと部屋を片付けながら切った指先は、まだズキズキと絆創膏の下で悲鳴を上げていたのに信じられない。 そして僕は、結局請求書を丸めて捨てることしかできなくなる。だって、確たる証拠は肉のおぞましいとも言える自然治癒力によって隠滅されてしまったのだから、どうしようもないじゃないか。 そんな感じで僕は肉に弱いわけなのだが、それはあくまでも苦手としている、という意味である。決して、肉に負けているとは思わないし、むしろ怪盗としての知識は、僕のほうが上だとすら思っている。 だがしかし、運動が嫌いな僕には肉の思考回路がわからない。 豪快に去っていく肉を視界の端に捕らえながら「ドアから出て行けよ野蛮人」と僕の頭脳はしっかりと悪態を吐いていたが、窓を破る必要がどこにあったのかわからない。とも考えていた。 だって普通に考えてガラスの破片とかで怪我をしたら痛いし、血とか、怖いじゃないか。 僕は肉の肩に残っている弾痕とか見るだけで貧血を起こしそうになる。 知識だけが取り得のような僕に、わからないことがあるなんて、想定外だ。肉と関わると僕の長所は一向に生かされてない。よって、僕は肉に弱い。肉は僕の天敵だ。 「それは、そのほうがカッコイイとか思ってたんじゃないの?」 フジコさん(仮)は、あっさりと肉の思考を読み解き、魅力的な微笑みを見せた。 それは、僕がフジコさん(仮)の本拠地に、ブルーカップを渡しに行ったときのことだ。 フジコさん(仮)の本拠地は、彼女のセンスを活かした、とてもお洒落な造りになっている。 彼女の僕のオフィスからわりと近くにあり、ご近所さんとして仲良くさせていただいていた。 そのお洒落な本拠地の中心部にある部屋に通され、取引を終わらせて早々に帰ろうとしていた僕に、フジコさん(仮)はからかうような挑発的な微笑みを仕掛けてくる。 ちなみに、(仮)は面倒になってきたので以下略とさせていただく。 「怪盗にそんな思考は不必要ですよ。」 「男心がわかってないわね。」 フジコさんはにっこりと微笑んで、僕からブルーカップを受け取る。彼女は僕の唯一の仲間だった。 たまに悪戯が過ぎて、僕の宝に手を出したりもする。まぁ、大概は返り討ちにできるし、憎めない人だ。だから僕は、応援要請をされたら出向くし、フジコさんのリストに応じて、今回のように余った宝をプレゼントしに来たりもする。 リストというのは、怪盗仲間の間で使われる注文表みたいなもので、仲間内ではそれを確認し合いながら、協力して宝を収集しているらしい。 自慢じゃないが、僕は一度も使ったことはない。宝は自力で攻略している。 1人でコツコツとするほうが気が楽だ。仲間よりも、僕は手下のほうが欲しい。怪盗なんて怪しげな仕事をしている人間と、対等な関係を保てるとはとても思えない。 「そんなんじゃ、おともだちができないわよ?」 「いりませんよ、友人なんて。疲れるだけです。」 フジコさんのように仕事仲間なるくらいならいいが、それ以上の関係になるつもりは毛頭ない。 音信不通になったり、仕事放棄したり、怪盗をやめていたりする。あれは軽くトラウマになる。被害妄想に浸って、裏切られたような気分になる。 本当は、怪盗なんてやってる場合じゃないこともわかっているからこそ、僕はそういうのを配慮しなければいけない人間関係は面倒だと思っていた。 元々馴れ合いは性に合わない気質なんだと開き直るしかない。 「めがねくんは、堅物のフリして人見知りで、ウブなところがカワイイわね。」 僕がコンプレクッスを忘れるために仕事のことで頭をいっぱいにしていると、フジコさんは無邪気に笑って僕を引き止める。 女性だとあなどることなかれ。そこは無駄に怪盗らしく、部屋のドアに外から鍵がかかっていた。 他の怪盗組織で密室に閉じ込められると言うのは、あまり気分のいい状況ではない。 「私、たまにはめがねくんに勝ってみたいんだけど?」 「それは残念でしたね。」 だが、僕には長年の付き合いで、フジコさんの行動パターンは調査済だった。 僕はあらかじめ用意していた鍵で、部屋のドアを開ける。 そういや肉と会ったのも同じくらいの時期なのに、なんで肉の行動パターンは未だに読めないのか。不思議でしかたがない。 僕の不健康な生活によって編み出された策は、フジコさんに対しては絶大な効果を発揮するのに。 「あーぁ…肉くんなら、すぐ私の魅力にメロメロになるのに。」 「そういうことを言ってるから、僕に勝てないんですよ。」 彼女は露出の高い服で優雅に足を組む。僕は、寒そうだな、と思った。 拗ねたように露出させた肩をすくめるフジコさんの机の上には、僕が先週盗まれたフラワーカップが置かれていた。肉は僕から盗んだ宝を、フジコさんにプレゼントしていたらしい。 「僕が渡したブルーカップで、コンプリートですか?」 「ええ、そうよ。肉くんにも協力してもらったの。」 「タチが悪い。」 「いいじゃない。私の魅力を発揮したまでよ。」 不覚にも僕が、フジコさんのアジトで一番動揺したのは、この瞬間かもしれない。 言葉に出来ない複雑な気持ちにのまま、僕はフジコさんの本拠地を後にした。 後書≫某有名な怪盗ゲームの話。 |