絶望部屋 参

□無力言葉
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「はっ、く、どうく、も……っ」

先生はずるい。

「おねがっ、おねがい、ですからぁ…っ」

甘えた声ですがりついてくるくせに。

「ね、せんせ」
「……ぁっ、な、に……?」
「僕のこと、好き?」
「……き、らいじゃ、ないです」
「……」
「……っ!? ……ぁぁっ、だ、めぇ……っ!」


決して「好き」とは言わない。



「僕、先生がわかりません。こんなにも僕は先生のこと愛してるのに」
「私には貴方がわかりませんよ久藤くん。ここで言うことじゃないでしょう。誰かに聞かれたらどうします」
「……世間体、気にしますか」
「そりゃあ」
「僕のこと以上に気になりますか」
「……? 久藤く、んんっ!?」

熱っぽい呼気を間近に感じて、また身体が熱くなる。
世間体とか体裁とか、僕のことより重要なんだろうか。
僕には先生がいれば、それだけで十分なのに。

「いっいきなりなんですか!」
「煩い口を黙らすのに効果的かなと」
「だから貴方は何故そんな……!」

周りをきょろきょろ。
動作は可愛い。可愛いけど。
理由がどうしても気に入らない。

「……知られたくない相手でもいるんですか」
「いませんよそんな人!」
「じゃあ、なんで」

追い詰めて、詰問する。
逃げ道なんか残せないほど、余裕はとうに捨て去った。
そんな僕の様子に先生はため息ひとつ。
怒らないでくださいね、と前置きして、でも僕の返事は聞かずに話し始めた。

「私は、貴方の先生で、貴方より大人なんです」
「……それはわかってます。だから、何なんですか」
「……私には、貴方の将来を守る義務があるんです。無限の可能性に満ちた輝かしい未来を守らなければならない」
「そんなの……っ!」
「必要です。将来、貴方がいろんな道に進めるように。今私が貴方の可能性を潰すわけには」
「好きになるのに理由なんか要らないでしょう!」
「若さだけで世の中進めません! いろんな柵があるんです!」
「それでも!」

それでも、僕は先生がいればそれでいいのに。
伝えたい言葉は目を伏せた先生の前に、原型を留めず流れ落ちた。



伝えたいのに、伝わらない。
伝わらないけど、伝えなきゃ。
思いを形にして、確かなものにしなければ、ぼろぼろあちらこちらから崩れて剥がれて風に舞う。

「好きです、先生」
「あなたのこと、嫌いじゃないですよ、久藤くん」

そして今日も伝わらないもどかしさだけが降り積もる。






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