絶望部屋 壱


□夏の宝物
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短いけど、長い。
夏だから、単純な時間は短いはずなのに、一人で過ごす夜はとても短い。

「昼間は学校にいましたからねぇ……」

ひとり、呟く。
高校野球の決勝だかなんだかで集まり、テレビ観戦をしてしまった。
後たった一つのアウトが遠く、球場はやたら盛り上がっていた。

「この試合、まさに夏の宝物です!」なんて言い切る風浦さんや、
「夏の何が宝物なの? 試合だけが宝物なの? きっちりしなさいよ!」などという木津さんもいつもどおり。
あれこれいいつつ楽しいものだ。
しかし、こうして一人の時間を持ってしまうと、体感時間の長さに少々閉口する。
おかしい。

私はいつもどのように過ごしていた?

答えが見つからず絶望しているところに鳴るチャイム。
玄関にいけば、何故だか久藤くんがいた。

「夜分すみません先生」
「いえ、かまいませんよ。どうされました?」

極力普段通りにみえるよう努める。
優しい子だからこそ、私ごときに心配かけさせてはいけないのだ。

「ちょっと、先生が絶望している気がして」
「はい!?」

やだなぁ嘘ですよそれとも本当に絶望してたんですか?なんて気楽に言ってきますけど、
本当だからこそ、二の句がつげなくなった。
この子、人の心が読めないなんて嘘じゃないだろうか。
睨んでみると、久藤くんは苦笑しながら「実はですね、」と言った。

「帰り道花火をしている親子を見かけたんです。それで、先生と花火したくなって。
……図々しいとは思いつつ、我慢できなくて押し掛けました」

夏とはいえ、夜は長いですから。
そう言って笑う。にっこりと。
あぁ。
私に笑顔を向けるこの子に、どれだけ救われてきたのだろう。


久藤くんとの花火は私の記憶にあるかぎり一番の輝きを放っているように見え、
私にとって、彼と過ごす時間が「宝物」だと感じた。







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