絶望部屋 壱


□それでも、わからない
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「貴方は本当に本がお好きなんですね」

先生が微笑む。
僕の前で、静かに。

「先生も、本、お好きでしょう?」
「それでも久藤くんには敵いませんよ」

穏やかに、くすくすと。
貴方は綺麗に笑うんですね。

「なんだか知らないことはないように思えます。実際私以上にいろんなこと御存知ですし」
「そうですか? まだまだですよ僕なんて」
「またまたそんな御謙遜を」
「本当ですって。わからないことばかりです、今だって」

あ、失態。
うっかり口が滑った。
ほら、さっきまで浮かべてた柔らかな表情を一転させて、貴方は首をかしげてる。

「おや、悩みごとですか?」
「え、えぇ、まぁ、そんなところです」

言いにくくて、少し口ごもってしまった。

「久藤くんにもそんなことがあるんですね。なんだか先生安心しました」
「安心、ですか?」

僕が言い澱んだことを察して、先生は深く追求しなかった。
おかげで僕の頭に疑問が浮かぶ。
きっと今僕は、さっきの先生みたいな顔をしてるんだろう。

「だって、久藤くんも悩みごとがあるんでしょう。いつも穏やかで皆に優しくしているから、達観しているのかと思っていたんですよ」

でも、違ったみたいなので、だから安心したんです。

そうしてまた貴方は微笑む。
直視できなくて、僕は本に目を落とす。

「……先生みたいなことをおっしゃいますね」
「おや、私は貴方の先生ですよ」
「そうでしたね。うっかりしてました。……絶望しました?」
「私が? 久藤くんに対して絶望はしませんねぇ」


先生、ねぇ、気付いてる?
貴方のその仕草、言葉、表情に、どれ程僕が一喜一憂してるのか。


「そろそろ閉館ですね」
「そうですね。それでは、帰りましょうか、久藤くん」
「はい先生」


どれだけ勉強しても、
どれだけ本を読んで知識を得ても、
わからないことがあります。


「そうそう久藤くん。悩みごとは人に話せば楽になりますよ。私でよろしければいつでも」
「ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「勿論です。私は貴方の先生ですからね」


そう言ってまた微笑んだ。
やっぱり先生は笑顔が似合う。

ねぇ先生。
僕にはどうしてもわからないんです。
僕の、貴方に対するこの感情は
どうやって伝えたらいいですか。
教えてよ、先生。







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