絶望部屋 壱


□公共の場でしてもいいこと悪いこと
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「絶望ばかりしていて疲れませんか?」

毎度のこととは言え少々気になる。
先生を取り巻く空気はとても澄んでいて快く、それ故汚れた空気を敏感に察する。
だからこの人は日々絶望してるのだろうけど、そんなにずっと絶望してたら身が持たないと思うんだ。

「……よく気付きましたね久藤くん」
「絶望しなきゃいいでしょう」
「絶望に値することが世の中に溢れてるんです。それで絶望しないというのも如何なものかと」
「でも疲れてるんでしょう?」

畳み掛けて尋ねると、言葉につまった。
自覚、してるんだ。
見ていて辛いから止めてくださいと言えば、のろのろと顔をあげた。

「私などに構わなければいいでしょう。そうすれば貴方は私を見なくてすみます」
「それは嫌です」
「何故ですか……」

私の勝手でしょうなんて、確かに貴方の勝手です。
だから僕も勝手を言います。

「だって僕がそうしても先生は一人で絶望し続けるんでしょう。好きな人が絶望してるのをわかってて離れるなんてできません」
「……っ!」

ガタン、と。
大きな音をたてて椅子が転がる気配がした。
“気配”と言ったのは、僕は転がった椅子を見ていないからだ。
僕の視界は今、椅子を蹴飛ばさんばかりに勢いよく身を乗りだして僕の口を両手で塞ぐ先生でいっぱい。

「そーゆー台詞を公の場で言わない…っ!」
「……」
「だ、誰かに聞かれたらどーするんですかっ! あぁもう……久藤くんに絶望した!」

公の場といえ放課後の図書室なんて誰もこないしそもそも教師と生徒が二人きりで対峙してる場面も藤吉さんの手にかかればいろいろ面白いことになると思うんだけどというより先生息苦しいです。
……えぃ。

「ひゃぅ!?」
「よりによって僕に絶望しないでよ」
「手、手が! ぬめ…って!」
「だって離してくれないから」
「舐めることないでしょう! 汚いんですから!」

目を潤ませて言われても煽ってるようにしか見えない僕は相当おかしいだろう。

「大丈夫です、汚くない」
「手は雑菌がたくさんあります!」
「好きな人のだから平気です」
「だから貴方はまた……っ」
「好きなんです」

見据えれば、目を逸らされる。

「先生、好きです」
「だから公の場では……」
「誰に聞かれても構いません。僕は、糸色先生が好きです」
「……わかりましたから、黙ってください」

心底疲れた声で懇願された。

「嫌です」
「久藤くん!」

悲鳴に近い叫び声。
でも先生、僕にはこれしかないんです。
今の僕に許されてるのはこれだけです。
そして、できることなら。

「先生が僕と同じこと言ったら黙りますよ」

先生から聞いてみたいです。
僕に対する気持ちを、言葉で表現してください。

「……」
「……」
「……誰もこないよ先生。だから」

言ってください。
そう言おうとしたのに口が開かなかった。
僕の口を塞いだのは、細く折れそうな手じゃなくて。

「は……っ」
「……先生?」

赤い顔して、目は濡れていて。

「こ、これでも伝わります!」
「……え」
「なんですか!」
「いや、だって、今の……えぇ?」
「久藤くんが黙らないのがわるいんです!」

勝ち誇ったように言われてもさ、先生、多分貴方負けてますよ。
そこまでしてでも言いたくなかったのかと思えば少し寂しいけど、今日はそれ以上の収穫があったからよしとする。
顔がにやけているであろう僕を先生が睨む。

「なんなんですか!」
「先生、残念でした」
「だから何が…っ」
「誰かに見られたらどうするんですか」

一瞬ポカンとした。
何を言われたかわからないとでも言いたげに。
やがてゆっくり、それこそ「絶望」の色が顔を染めていく。

「……〜〜〜っ!!!」
「ごちそうさまでした」
「久藤くんのばかぁぁぁぁぁっ!」

にやにやしているであろう僕を残して先生は走り去っていった。
絶叫しながら。
先生貴方のその行動は多分皆の興味をひきつけますよ。
言っても聞かないだろうしこのままの方が面白いから言わないけど。

貸出手続きを済ませて鍵をかける。
もう今日は閉館。
さぁ、逃げ出した先生を探しにいこうか。







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