絶望部屋 壱


□どうか叶いますように。
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あぁ、まだ待って。
まだ連れていかないで。
私にはまだやり残したことがあるんです。
嫌だ。
落ちたくない。





「先生!」
「……ふぇ?」

そして気付けば久藤くんの顔と宿直室の天井が視界に入り、あぁなんだ、私は眠っていたのか。
ぼんやりと体を起こすと久藤くんが私を見てた。
なんだか泣きそうだ。
今私はちゃんとここに居るのだろうか。
目の前にいるこの子は、私の幻想ではないだろうか。

「……先生? 返事、してください」

声の源に目をやれば、何故だか彼が泣きそうだった。
困って、どうしていいかわからなくて、歯痒いような、そんな表情。

(貴方もそんな顔をするんですね)

言いたいのに言葉がでない。
あぁ、なんてもどかしい。

「わ……っと、あの、先生?」

言葉なく抱きついた私に戸惑いながらも、そっと抱き締め返してくれる。
つくづく優しい子だ。
くっついてる温かさと、心音に安心する。

「……夢を」
「ん?」
「夢を、みたんです」

聞こえてくる声もいつもと変わらず、やはりさっきのは私の見間違いだろうか。

「どんな夢?」
「教室の窓から落ちる夢でした」
「……先生が?」
「私が、落ちるのですが、その様子を私が見てる夢でした」

コマ送りでもしてるかのようにゆっくりと、私が教室の窓から落ちていった。
一人で、ひっそりと。
空は澄んだ青空で。
白いカーテンは風にたなびき。
そして私は落ちていった。

「……先生、」
「私は、嫌です。死にたくない。嫌なんです」

できることなら貴方と生きていきたいのに。
叶わぬ望みなんでしょうか。
望んではいけないのでしょうか。
怖くて訊けないでいれば、抱き締めてくる腕に力がこもる。

「ねぇ先生。死ぬ夢って、新しく生まれ変わる予兆なんですよ」
「……?」
「夢分析では確かそう解釈されます。だから、大丈夫です」

壊れないように、でもしっかりと繋ぎ止められる私の身体。

「僕はずっと貴方の傍にいますから。嫌だっていっても、ずっといますから。だから」

僕と一緒に生きてください。


身を引き裂くように囁かれた声を発した時、久藤くんは震えていた。
貴方も怖がるのですか?
私のせいで、震えているのですか?
もしそうなら、大丈夫ですよ。
そう言って安心させたいのに言葉がでない。
代わりにしがみついた。
この思いが余すところなく伝わることを願った。


――私も貴方と生きていきたいのです。
貴方と一緒に、出来る限りずっと。







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