絶望部屋 壱


□雨宿り
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いつものように図書室で本を読んで、いつもの時間に帰ろうとしたら

「雨……?」

バケツをひっくり返したような、なんてありふれた表現が相応しい雨が降っていた。
確かに最近異常気象でゲリラ豪雨に注意とは耳にしていたけどこれ程とは……。
さて、どうしようか。
俊巡していると、背後から声をかけられた。

「久藤くん? いかがなさいましたか」
「先生……。見ての通りです」

穏やかに響くその声にひどく嬉しくなりながら、冷静さを装って空を示す。

「あぁ……これは、ひどいですね」

まったくなんだって最近こんな天気なんでしょう天気予報のあたらなさに絶望しました。
ぶつぶつ呟きながら僕の斜め前に立つ先生。
少しの背の高さが影響しているんだろう。
僕の視界は先生の後ろ姿が大半を占めるようになった。
先生と同年代で一般的な成人男性よりは格段に線が細い。
少し力をいれて抱き締めたら折れそうだ。

「ときに久藤くん。傘はお持ちではないのですか?」

突然振り向かれ、伸ばしかけた手を引っ込める。
何をしようとしてるんだ僕。

「あ、っと、傘、ですか?」
「えぇ。久藤くんでしたらお持ちなのではないかと思いまして」
「いえ、持ってません」

先生の中で僕はどんな生徒なんですか。
訊きたいのをぐっと堪える。
「本が好きで、お話上手な生徒です」なんて、ありきたりのこと言われるだけだろうから。
ほしいのはそんな言葉じゃないのに。

「久藤くん?」
「……っ!? は、はい?」

いけない。まったく話を聞いてなかった。
覗き込まれるまで気がつかないなんてどうかしてる。
慌てた僕の態度を怪訝に思ってはいるんだろうけど、構わずに話は続いていく。

「いえ、ですからね、この雨、いわゆるゲリラ豪雨でしょう」
「そうでしょうね」
「それでしたら、すぐ止みますよね」
「……多分」
「傘をさしているとはいえ、今帰ったら、濡れると思いませんか?」
「思います」

それはそうに違いない。
傘なんて何の役にも立たなさそうだ。

「ですので、あの、えっと……」
「先生?」

いやでもあぁだけど
雨音に書き消されるぐらいの声で苦悩されると対処に困る。
どうしたっていうんだろう。

「……」
「……」
「……」
「……先生?」

さっきのお返しと言わんばかりに覗き込む。
少しの身長差に今は感謝。
先生の赤く染まった顔をまともに見れた。

「……っな、なんですかいきなり!」
「それは僕の台詞です。どうしたって言うんですか」

いきなり黙り込んで。
そう続けると、言葉に詰まったようでそっぽをむかれた。
失敗したかな。少し自己嫌悪。

「……雨宿り」
「はい?」

轟音に近い雨音を聞いてた耳が先生の声を拾った。

「先生? 雨宿りがどうしました?」

相変わらず明後日の方向を向いている先生を見やる。
表情は見えないけど、若干、耳が赤い。

「雨が止むまで、雨宿り、しませんか」

よろしければ、一緒に。
言われた言葉に驚く。
僕の方を見ようともしないで、でも一緒に雨宿りをしようと持ちかける。
ねぇ先生、今どんな顔してるんですか?
訊いてみたいけどそんな野暮なことはしない。

「いいですね。しましょうか、一緒に雨宿り」

先生、貴方が望む話をしてあげますよ。
そう言って笑いかけると、やっとこっちをむいてくれた。
はにかんだ笑顔を浮かべて。

なんて可愛い人。
なんて、愛しい人なんだ。
貴方を好きだということを、今日僕は自覚した。






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