手向けの花

□エピローグ:救い出したかった者
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「よお、随分と待たせちまったな」

あれから数十分後、団三郎は再び甲板へと現れた。『ある人物達』へと会いに行く為だ。

その『ある人物達』を見付けた様で、団三郎は『彼等』に向かって煙管を吹かしながら、飄然とした態度で声を掛けた。

その先には、寝グセの様に跳ねた黒髪に、酷い目元のクマと三白眼が目立つ三十代後半程の男性と、緩くウェーブのかかったショートボブの黒髪に、燐光色の瞳の十代後半程の少女がいた。

男性の方は瑞秀と同じデザインの軍服だったが、少女は、半袖にショートパンツという露出度の高いセーラー服に、編み上げのニーハイブーツを履いていた。真夏の海の上では、それが正しい恰好だろう。

だが、八月といえど、海の上は多少冷えるらしい。少女の方は、肩にナポレオンデザインの黒いジャケットを羽織っていた。

「今来たか。団三郎狸よ」

「別に。待ってないよ」

男性と少女は団三郎の姿を見るなり、素っ気無い態度で答える。

この船の連中は、狸相手だとこうも冷淡な態度を取るらしい。まあ、恐らく彼等の頭(かしら)への接し方が問題なのだろう。

「タバコ。本当ならあんまり吸って欲しく無いんだけど。船内は火気厳禁だよ」

「何だよ。アイツはずっと葉巻吸ってたぜ?何が違う?」

「彼女なりの冗談だ。俺としては、火の始末さえちゃんとしてくれれば良い。船が燃えてしまえば、俺達『舟幽霊』は棲み処を失くしてしまう」

男性が少女の言葉にフォローを入れる。今回の団三郎は、自分達にとっては重要な役回りを演じて貰っているのだ。気分を害されるのは非常にまずかった。

「お約束通り、アイツの枷は取ってやったつもりだぜ」

「そうか。なら良い」

「船内への手引きと人払いどうも。お前さん方の頭が恥かくところなんざ見たくないだろうからな」

瑞秀からの『どうやって船の中に入った?』の答えはこれだった。この二人の手引きがあって成立していた事なのだ。

『グル』と言えば聞こえは悪いが、実際そうだと言われても反論は難しい。

「やっぱり『結界』なんて嘘っぱち。流石は狸だわ。でも、手荒にやり過ぎ」

「だが、ああでもしなければ吐かんだろう。瑞秀は相当な頑固者だ」

「守茂さんでも言う事聞かない位のね」

少女が男性を指して『守茂』と呼ぶ。やはりこの男は、瑞秀の部下である『守茂』で間違いないだろう。

「全くだよ。コッチももう若かねぇっつーの。『二ッ岩大明神』は、もうご老体なの」

「よく言う。あれから三ラウンドは仕掛けたクセに。わざわざベッドに移動してさ。後背位の次は横、その次は前で更に―――」

「何でガッツリ覗いてんの!?」

一連の行為を覗かれていた事を知り、団三郎は動転した。

「しかし、お前さん方も殊勝なモンだなァ。テメェの惚れた男の為に、相手が惚れた男を夜な夜な抱いてる男だと承知の上で頼み込んで来るたァね」

「我等は『舟幽霊』。同じ『村沙(むらさ)』の名を持つ者として、あの男の意思の下に動く集団だ。こう言ってはただの“甘え”だが……頭がブレれば、足下まで崩れる。『汀(なぎさ)』もそうだろう?」

「アタシの場合は、それもあるけど……。アタシじゃ無理だもん。どうせアンタと同じ事言ったって、『大丈夫』だの、『心配は要らない』だの言われて、かわされてお仕舞い。昔からずっと『子供扱い』。……狡(ずる)いって思わない?」

守茂は『汀』と呼んだ少女に、会話を振る。守茂の方は『部下として』という色が強かったが、汀の方は、『それ以外の何か』が大多数を占めているように思えた。

「ああ、狡いね。自分じゃ如何仕様も出来ないから、せめて優しくする。見ようによっちゃあ、俺より狡い。だが、アイツはそういう男さ」

『呆れた』といった口調で団三郎は二人に切り返す。団三郎だって分かっているのだ。―――あの男は、狡い。

「……瑞秀の奴は、何と言ってた?」

「―――『もう疲れた』ってよ。ずっと足掻きながら生きてる事は気付いてたが、海底に引きずり込まれる夢を見てる事は初耳さね」

「そうか……『疲れた』、か」

「『夢』の事は知ってた。だって、魘(うな)されてるとこ、何回も見たもん。凄く苦しそうだった。でも、心配して起こしても、『大丈夫だ』って、何時もの調子で言って、『心配は要らないから、さっさと寝ろ』って言うの。そんなの………もう、見たくないよ……」

その時の事を思い出したのか、少女は涙を浮かべ、声を詰まらせ始めた。彼女の隣でその様子を見た守茂は彼女の頭を優しく撫でてやる。

「俺達は、その優しい男に救われたんだ。すくい上げてやらにゃあ、どうする」

白煙を吐き出しながら、何時に無く真剣な眼差しで団三郎は舟幽霊達に言う。

「もう遅い。年頃の娘はもう寝る時間だ」

「そうそう。こっから先は、年頃の娘には聞かせられん話だからよ」

団三郎と守茂の言葉に渋々従った少女は、船内へと戻っていった。
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